残り物、知恵を絞って七変化
土曜日の夜、部屋を包み込むのは、昨夜と全く同じ「お味噌と根菜」の匂いだった。
「さて、長谷中家・秋の豚汁祭り、堂々の二日目です」
私は冷蔵庫から、昨日よりも少しだけずっしりと重みを増したように感じられる両手鍋を取り出し、コンロの上に置いた。
蓋を開けると、冷えて固まった豚肉の白い脂が表面にうっすらと浮いている。けれど、その下にある大根や人参は、昨日よりも深く、濃い飴色に染まっていた。一晩かけて、お出汁とお味噌の旨味をじっくりと、その繊維の奥まで吸い込んだ証拠だ。
弱火にかけると、ゴトゴトと静かな音を立てながら、ゆっくりと固まった脂が溶け、あの芳醇な香りが再び部屋に満ちていく。
「うん、美味しそう。……美味しそう、なんだけどね」
私はお玉で鍋の底から具をすくい上げ、少しだけ複雑な溜め息をついた。
昨夜、あれだけ大きな汁椀に山盛り一杯食べたというのに、鍋の中の豚汁は、まるであまり減っていないかのように涼しい顔をしてそこに佇んでいる。
「同じメニューを二日連続で食べるのって、一人暮らしの宿命よね。でも、さすがに三食続けて全く同じ味だと、いくら美味しくても脳が感動を忘れちゃうのよ」
そうなのだ。どれだけ手の込んだごちそうであっても、連続で食べればそれは「義務的な消費」に変わってしまう。料理を愛する人間として、それはとても悲しい。食べる瞬間は、いつでも「美味しい!」という新鮮な喜びで満たされていてほしい。
「ただ温め直して食べるなんて、湯子の名がすたるわ。二日目は、ちょっと和風モダンにアレンジしちゃいましょう」
私は冷蔵庫から、カレールーの箱を取り出した。
「豚汁のベースは、豚肉の旨味、根菜の甘み、そしてお味噌の塩気。これって、実は和風カレーのベースと完全に一致しているのよね。相性が悪いはずがないのよ」
まずは小鍋に、両手鍋から豚汁を適量移す。
そこに、少しだけ濃いめに取っておいた和風の出汁を半カップほど注ぎ足し、火にかける。沸騰したところで、カレールーを贅沢に二ブロック、ぽとりと投げ入れた。
トントン、とお玉の背でルーを優しく崩していく。
お味噌の優しい和の香りに、カレーのスパイシーな刺激が加わり、キッチンの空気が一瞬にして「蕎麦屋のカレー」のそれへと塗り替えられていく。
「あ、いい匂い……! この匂いだけで、もうお腹が空いてきちゃう」
スープにとろみがついてきたところで、電子レンジで温めておいた冷凍うどんを、お鍋の中へ豪快に滑り込ませる。
つるり、と白いうどんがカレー色のスープに沈み、じんわりと絡み合っていく。
通常なら、カレーうどんを作るときは水溶き片栗粉でとろみをつける必要があるのだが、この豚汁リメイクにおいては、その必要はほとんどない。一晩経ってクタクタになった大根やジャガイモから自然な澱粉質が溶け出しているため、それだけで十分なとろみがついているのだ。
仕上げに、冷蔵庫の隅で出番を待っていた小口切りの青ネギをこれでもかと散らす。
「完成! 『残り物救済・和風豚汁カレーうどん』!」
どんぶりに移すと、ずっしりとした重み。
黄色いカレースープの海から、味が染み込んで茶色くなった大根やコンニャク、そして白いうどんが顔をのぞかせている。
ダイニングテーブルへ運び、いつものように桜色のお箸を一膳だけ置く。
窓の外はすっかり暗くなり、都会の夜の明かりが遠くできらきらと揺れている。
「いただきます!」
お箸でうどんを持ち上げる。とろみのついた和風カレースープが、うどんの表面にこれでもかと絡みついて重い。
フーフーと息を吹きかけ、一口。
「はふっ、熱っ……! んんん……美味しーい!」
口に入れた瞬間、スパイシーなカレーの香りが弾け、そのすぐ後に、豚汁本来の優しく深いお味噌のコクが追いかけてくる。
特筆すべきは、一日半煮込まれ続けた大根だ。和風カレーのスープを吸った大根は、おでんの具材のように驚くほどジューシーで、噛むたびにジュワジュワと旨味が溢れ出す。
「お豆腐も、カレーの辛さをマイルドにしてくれて最高……。これは新発見かも」
額にうっすらと汗をかきながら、はふはふと食べ進める。
一人の食卓。
テレビもつけず、ただうどんをすする音と、エアコンの静かな風の音だけが響く部屋。
けれど、この熱々のカレーうどんを食べている間は、不思議と寂しさを忘れることができた。自分の手で、ただの「残り物」をこんなにもワクワクするごちそうに変えられたという小さな達成感が、私の心を静かに満たしてくれている。
「ふぅ……ごちそうさまでした。お腹いっぱい!」
きれいに汁まで平らげ、お盆を片付ける。
お腹が満たされると、途端に、この美味しさを誰かに伝えたくてたまらなくなった。
スマホを手に取り、ソファに転がって、さっき撮ったばかりの「豚汁カレーうどん」の写真を惣太に送る。
湯子:『二日目の豚汁、カレーうどんにリメイクしたよ! 味が染みた大根とカレーが奇跡のコラボレーションでした。大成功!』
数分後、ピコン、と小気味よい音が鳴る。
惣太:『うわああ! なにこれ、めちゃくちゃ旨そうじゃん! 豚汁からカレーうどんへの進化はズルすぎる……!』
湯子:『ふふん、湯子の知恵を侮るなかれ、です。お出汁を少し足すのがコツだよ』
惣太:『湯子、どんどん料理のレベルが上がってない? 俺がいない間にそんな旨いもん食べてるなんて、羨ましすぎて出張先でのたうち回ってるよ(笑)』
スマホの画面を見つめながら、私は小さく微笑む。
湯子:『惣太くんが帰ってきたら、最初からこのリメイクを狙って、またお鍋いっぱいに豚汁作るね』
惣太:『約束な! その時は俺がうどんを三玉買って帰るから!』
「三玉は食べすぎだよ、バカね」
画面に向かって独り言を呟きながら、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
一人の夜は、やっぱり静かで、時々少しだけ心細い。
だけど、このスマートフォンの光の向こうには、私の料理を世界一楽しみにしてくれている人がいる。
ただ「つくりすぎちゃった」だけの料理が、私たち二人を繋ぐ温かい絆になっている。
明日は日曜日。
「豚汁祭り」も、いよいよ最終局面だ。
最後はどうやって綺麗に完食してやろうか。そんな幸せな作戦を練りながら、私はお気に入りのブランケットにくるまり、心地よい眠気へと身を委ねていった。




