⑨レア役
火曜日。海老名は自宅のトイレでカレンダーアプリを確認している。
(12連勤の2日目。マジでだるい。運動会のプログラムもダメ出しされそうだし、研究授業も自信なくなってきたな。パチンカスの噂もたったら、仕事やめようかな)
いつにも増した残便感があるが。出勤の5分前となったのでトイレを出る。手を洗い、寝癖のある髪を濡らして直していたら、もう5分経っていた。
急いで着替えて家を出る。いつも余裕を持って出勤しようと思っているが、駅まで小走りにならなかった試しがない。
7:20。職員室に着いた海老名は今日の授業の準備を始めた。この日に教える国語、算数、理科、図工の教科書とプリントに目を通す。
朝礼を終えて教室に向かう。教務主任の話は短かった。一通りの授業の準備ができている日の足取りは軽く、教えるのが楽しみになってくる。海老名の中で、教師を志していた学生時代の記憶が蘇る。
3年2組の教室に着いた。ドアの前で立ち止まる。突然、嫌な妄想が頭の中を支配した。
「センセー、パチンコをやってるみたいだよ」
「お母さんが、パチンコをやってる人は信用できないって言ってた」
「ギャンブルいぞんしょうっていうらしいよ」
(まあ、そうなったら仕事をやめれば良いか)
ドアを開けて、ゆっくりと担任用デスクに向かう。
「みんな、おはようー」
いつもより弱々しい声で言い、子どもたちの様子を見た。
「センセーおはようございます」
アヤが元気に挨拶を返してくれた。
「センセー、おはよー!」
汗をかいた顔を下敷きで仰ぎながらハヤトも挨拶をする。
(10万負けの話は、みんな忘れたのかな?)
朝の会が終わり、1時間目の国語の授業。単元計画に従って『モチモチの木』の導入を始める。物語の重要場面のイラストを電子黒板に映しながら、内容を推測させる。
「このおじいさん怖い!」
「絶対悪いやつだよ」
「お化けが出てきそう」
教卓に立つ海老名は、子どもたちが画面を真剣に見て、自由に予想を述べている姿を一望できた。
(なんか、今日の授業は超上手くいくな!レア役引いたかな?)
授業をすることが楽しいと思っていた頃を思い出した。
国語と図工が終わり、25分の休み時間。ハヤトと数名の児童が海老名のデスクの前に来た。
「今日は何をやるんだっけ?警ドロ?」
海老名の問いかけに、子どもたちは答えない。
ハヤトは後ろにいる友だちの方を振り向く。
「いくよ。せーの、」
「センセー!10万負けでも落ち込まないで!次は勝ってね!」
海老名は、顔が瞬く間に紅潮するのを感じた。




