⑧変化
児童が帰った後、海老名は教室の机を並べ直す。海老名が教員1年目の頃、11個上の先輩である竹田がやっていたことだ。
「こういう環境整備が学級経営に超大事!まあ、直接何に繋がってるかはわかんないけどね」
竹田の後ろ姿を思い出す。
床には養生テープで机を置く位置が示されている。テープに机の角を合わせて、32台の机を並べた。
職員室に戻ると、管理職たちは忙しなく動き回っていた。職員会議が始まるのだ。職員会議と言っても、話し合いではなく重要事項の周知の時間となっている。
校長の下村が挨拶をした後、教務主任の酒井が周知事項を話し出す。この日の酒井の口調は、どこかぎこちなく、言わなくてもわかるような内容を二度も三度も言っていた。隣に座る下村の顔を、自身の発言の答え合わせをするようにチラチラと見ていた。
会議開始から50分が経った頃には、ほとんどの教員が眠気を必死で堪えていた。海老名も自身の太ももをつねりながら必死に目を開く。酒井はあいさつの意義について、ありきたりなことを大きな声で語っている。
さらに何分か経った。海老名は眠気との戦いで、時計を確認することすらできなかった。
「ではこれで会議を終わりにします。週の初めですので、できるだけ残業をしないようにして、早めにお帰りください」
(そう言うなら仕事を減らしてくれ。あと話も短くしてくれ)
デスクの上を整頓し、ノートパソコンを開く。長時間デスクワークに専念する前のルーティンだ。整えられたデスクで、国語の単元計画を書き始める。
教員として働き始めた頃は、教材と真剣に向き合い、子どもたちの成長を考え、ワクワクしながら単元計画を書いていた。
それが段々と、他の教員に見られた時に恥ずかしくない授業を目指すようになっていった。今海老名の頭の中にいるのは、子どもたちではなく管理職と後輩の教員である。
19:00。単元計画は大方完成した。これで来週の研究授業も乗り越えられるだろう。一息ついた海老名はスマホのタスク管理アプリを開く。
(やべ、)
運動会のプログラムのデータを、明日までに管理職に見せることになっていた。時間があったらやろうと、先延ばしにしていたことだ。
(これは、20:30コースか、、)
ため息をつきながら、去年のデータに今年の変更点を反映させていく。特に、競技の名前は毎年児童会の子どもたちが話し合って決めるので、全て入力し直さなければならない。今年の高学年リレーは「スピードスターレース〜バトンが繋ぐ絆〜」である。
(ネーミングセンス、どうなってんだよ。というか、長いせいで改行になっちゃって、レイアウトが崩れるんだけど。マジうざい)
イライラして肩を掻きながら画面を見ていると、酒井が話しかけてきた。
「先生、運動会のプログラムですか?保護者の方も見られるものなので、大事な仕事ですよ!毎年子どもたちが考える競技名、面白いですよね〜。私が担任をしてた頃の子どもがつけた名前が〜」
肩を掻くのをやめ、腕を思い切り握る。この長話に奪われた時間を足し合わせると24時間を超えるかもしれない。
「すみません、ちょっと今日は仕事が終わってなくて、こちらに専念して良いですか?」
やっと言えた。これをもっと早くから言えていたら、どれだけストレスが減っただろうか。
「あ、ごめんなさい。話しすぎでしたね。お疲れ様です」
酒井は小さな声で言い、校舎の施錠確認に向かった。




