99話 答え合わせ
「俺ですか」
その一言で、泣きすぎてぼんやりしていた頭が一気に冴えた。
さっきまで鼻の奥は痛いし、頭はふわふわするし、まともに考えることすらできなかったのに、今の言葉だけはやけにはっきり耳に残っている。
俺ですか。
俺って。
シリルさんが、自分のことを言ってる。
…………え。
私、さっき何を言ったんだっけ。
恋なんかしちゃだめって……確かに言った。しかもその前には、宇宙人かもしれないからとか、そんなことまで泣きながら全部しゃべった。
恋をしちゃだめだと思っていた理由を説明して、好きな人がいることまで自分から白状したようなもので、そのうえ今、その相手が誰なのか聞かれている。
…………。
ほぼ告白じゃん!!
「あ……その、あの……」
何か言わなきゃと思うのに、言葉がひとつも出てこない。
今度は一気に顔が熱くなってきた。泣きすぎて目も頬も赤いはずなのに、たぶんそれとは別の赤さが追加されている。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
なんで私、あんなことまで言ったの。
いや、酔ってたし、泣いてたし、仕方なかった……いや、仕方なくない。恋なんかしちゃだめって、それもう好きな人いますって言ってるようなものじゃない。
しかも、その本人の目の前で。
無理。
耐えられなくなって、頬を包んでいるシリルさんの手に触れた。とりあえずこの至近距離だけでもどうにかしたくて、そっと外そうとする。
でも。
びくともしない。
「え?」
もう一度、今度はさっきより少しだけ力を入れてみる。
……動かない。
別に強く押さえつけられているわけじゃない。シリルさんはただ両手で優しく頬を包んでいるだけなのに、外そうとしている私の手なんて全然相手にならなかった。
そうだった。
この人、元冒険者だった。
こんなところで思い出したくなかった。
逃げようにも顔ごと捕まっているような状態で、どうしていいか分からず視線だけをあちこちへ彷徨わせる。
そんな私の様子を見ていたシリルさんが、少しだけ目を見開いた。
それから、その表情がゆっくりと緩んでいく。
ふわりと笑った。
何度も見てきたはずの笑顔なのに、今までとは全然違って見えた。
嬉しそうで、ほっとしたようで、それでもまだ本当に信じていいのか確かめているような、そんな笑顔。
何その顔……。
ずるい……。
「……俺でしょ?」
さっきまでの張りつめた声とは違って、ほんの少し笑いが混じっていた。
でも、頬を包んでいる手は離れない。
逃げ道もない。
もう、ごまかせない。
ここで違いますなんて言ったところで、絶対に信じてもらえない。そもそも私自身が、もう違うなんて言えない。
さっき気付いたばかりなのに。
認めたくなくて、気付かなかったことにしたくて、それでも結局ここまで全部しゃべってしまった。
私はしばらくシリルさんの顔を見つめたあと、観念するように小さく頷いた。
…………。
その瞬間だった。
シリルさんの表情から、最後まで残っていた張りつめたものが消えた。
頬を包んでいた手が、ゆっくりと離れていく。
少しだけ名残惜しいと思ったことに自分で驚く間もなく、その手は今度は私の両手を包んだ。
「…………はぁ――っ」
大きな息が吐き出される。
さっきまでずっと息を詰めていたみたいだった。
シリルさんは私の両手を包んだまま俯き、そのまま額をそっと寄せてきた。
「し、シリルさん!?」
突然のことに、体が固まる。
さっきまであんなに必死に目を合わせようとしていたのに、今度は顔を伏せたまま動かない。
手を握る力だけが、ほんの少し強くなる。
しばらくして、小さく笑ったような気配がした。
「……ありがとう」
掠れた声だった。
その一言を聞いた途端、今度は私の方が息を呑む。
ありがとうって。
そんなふうに言われると思っていなかった。
胸の奥がいっぱいになって、何か返したいのに、また言葉が出てこない。ただ、包まれている手の温かさだけがやけにはっきり分かった。
夜道は静かだった。
遠くから聞こえる人の声も、馬車の音も、今だけはどこか遠い。
シリルさんはまだ私の手に額を寄せたまま、何も言わない。
私も何も言えなかった。
恥ずかしくて、嬉しくて、さっきまで泣きすぎて頭もぼんやりしているのに、心臓だけはずっと落ち着かない。
どれくらいそうしていたのか分からない。
やがて、私の手を包む指が少しだけ動いた。
そして、シリルさんが小さな声で呟いた。
「俺も好きです」




