↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前を忘れた私ですが、たぶん異世界で石鹸屋をはじめます。〜いい人しかいないんですが、罠ですか?〜  作者: まの月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
99/103

99話 答え合わせ

「俺ですか」


 その一言で、泣きすぎてぼんやりしていた頭が一気に冴えた。


 さっきまで鼻の奥は痛いし、頭はふわふわするし、まともに考えることすらできなかったのに、今の言葉だけはやけにはっきり耳に残っている。


 俺ですか。


 俺って。


 シリルさんが、自分のことを言ってる。


 …………え。


 私、さっき何を言ったんだっけ。


 恋なんかしちゃだめって……確かに言った。しかもその前には、宇宙人かもしれないからとか、そんなことまで泣きながら全部しゃべった。


 恋をしちゃだめだと思っていた理由を説明して、好きな人がいることまで自分から白状したようなもので、そのうえ今、その相手が誰なのか聞かれている。


 …………。


 ほぼ告白じゃん!!


「あ……その、あの……」


 何か言わなきゃと思うのに、言葉がひとつも出てこない。


 今度は一気に顔が熱くなってきた。泣きすぎて目も頬も赤いはずなのに、たぶんそれとは別の赤さが追加されている。


 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。


 なんで私、あんなことまで言ったの。


 いや、酔ってたし、泣いてたし、仕方なかった……いや、仕方なくない。恋なんかしちゃだめって、それもう好きな人いますって言ってるようなものじゃない。


 しかも、その本人の目の前で。


 無理。


 耐えられなくなって、頬を包んでいるシリルさんの手に触れた。とりあえずこの至近距離だけでもどうにかしたくて、そっと外そうとする。


 でも。


 びくともしない。


「え?」


 もう一度、今度はさっきより少しだけ力を入れてみる。


 ……動かない。


 別に強く押さえつけられているわけじゃない。シリルさんはただ両手で優しく頬を包んでいるだけなのに、外そうとしている私の手なんて全然相手にならなかった。


 そうだった。


 この人、元冒険者だった。


 こんなところで思い出したくなかった。


 逃げようにも顔ごと捕まっているような状態で、どうしていいか分からず視線だけをあちこちへ彷徨わせる。


 そんな私の様子を見ていたシリルさんが、少しだけ目を見開いた。


 それから、その表情がゆっくりと緩んでいく。


 ふわりと笑った。


 何度も見てきたはずの笑顔なのに、今までとは全然違って見えた。


 嬉しそうで、ほっとしたようで、それでもまだ本当に信じていいのか確かめているような、そんな笑顔。


 何その顔……。


 ずるい……。


「……俺でしょ?」


 さっきまでの張りつめた声とは違って、ほんの少し笑いが混じっていた。


 でも、頬を包んでいる手は離れない。


 逃げ道もない。


 もう、ごまかせない。


 ここで違いますなんて言ったところで、絶対に信じてもらえない。そもそも私自身が、もう違うなんて言えない。


 さっき気付いたばかりなのに。


 認めたくなくて、気付かなかったことにしたくて、それでも結局ここまで全部しゃべってしまった。


 私はしばらくシリルさんの顔を見つめたあと、観念するように小さく頷いた。


 …………。


 その瞬間だった。


 シリルさんの表情から、最後まで残っていた張りつめたものが消えた。


 頬を包んでいた手が、ゆっくりと離れていく。


 少しだけ名残惜しいと思ったことに自分で驚く間もなく、その手は今度は私の両手を包んだ。


「…………はぁ――っ」


 大きな息が吐き出される。


 さっきまでずっと息を詰めていたみたいだった。


 シリルさんは私の両手を包んだまま俯き、そのまま額をそっと寄せてきた。


「し、シリルさん!?」


 突然のことに、体が固まる。


 さっきまであんなに必死に目を合わせようとしていたのに、今度は顔を伏せたまま動かない。


 手を握る力だけが、ほんの少し強くなる。


 しばらくして、小さく笑ったような気配がした。


「……ありがとう」


 掠れた声だった。


 その一言を聞いた途端、今度は私の方が息を呑む。


 ありがとうって。


 そんなふうに言われると思っていなかった。


 胸の奥がいっぱいになって、何か返したいのに、また言葉が出てこない。ただ、包まれている手の温かさだけがやけにはっきり分かった。


 夜道は静かだった。


 遠くから聞こえる人の声も、馬車の音も、今だけはどこか遠い。


 シリルさんはまだ私の手に額を寄せたまま、何も言わない。


 私も何も言えなかった。


 恥ずかしくて、嬉しくて、さっきまで泣きすぎて頭もぼんやりしているのに、心臓だけはずっと落ち着かない。


 どれくらいそうしていたのか分からない。


 やがて、私の手を包む指が少しだけ動いた。


 そして、シリルさんが小さな声で呟いた。


「俺も好きです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。