↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前を忘れた私ですが、たぶん異世界で石鹸屋をはじめます。〜いい人しかいないんですが、罠ですか?〜  作者: まの月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
93/104

93話 乾杯

 ホテルを出ると、王都はすっかり夜の景色に変わっていた。


 昼間はあれだけ人で溢れていた通りも、今は少し落ち着いている。店先や建物には明かりが灯り、昼とはまた違った雰囲気だった。


 夜の王都かぁ。


 なんだか少しわくわくする。


「この近くに、落ち着いて飲める店がありますよ」

「じゃあ、そこで!」

「はい、行きましょうか」


 シリルさんについてしばらく歩くと、一軒の店の前で足を止めた。


 派手すぎない看板に、扉の向こうから聞こえる静かな話し声。中へ入ると、木のカウンターといくつかのテーブル席が並んでいて、明かりも少し落とされている。


 ゆっくりお酒を楽しむためのお店、って感じだ。


「わぁ……」


 こういうお店、ちょっと憧れてた。


 大人の階段を五段はのぼってしまったかもしれない。


 私たちは奥のソファー席へ案内され、並んで腰を下ろす。


「ノアさんは何を飲みます?」

「……分かりません」

「好きなお酒は?」

「ないです」


 シリルさんが不思議そうにこちらを見る。


「……?」

「私、お酒飲んだことないので!」

「……え?」


 今度は本気で目を瞬いた。


「初めてなんですか?」

「はい!」

「それで、飲みに行きたいと?」

「お酒を飲んでみたいお年頃だったんです」


「…………」


「そんな顔しないでください!」


 しばらく黙っていたシリルさんが、とうとう堪えきれなくなったように笑う。


「ふっ……ごめんなさい」

「もう!」

「まさか初めてだとは思わなかったので」

「そんなに変ですか?」

「変ではないですけど、もう少し詳しい人だと思ってました」

「なんでですか! 私そんな酒豪っぽいですか?」

「そういう意味じゃないです」


 また笑われた。


 なんか悔しい。


「じゃあ、最初は飲みやすいものにしましょうか」

「せっかくなので、ちゃんとお酒っぽいやつがいいです!」

「初めてなんですからダメ」

「即答!」


 全然迷わなかった。


「まずは飲んでみて、様子を見ましょう。美味しくても急に飲むと回りますから」

「大丈夫ですよ」

「その『大丈夫』が一番信用できないんですよね」

「なんでですか!」


 シリルさんは少し笑いながら店員を呼び、いくつか確認してから注文してくれた。


 しばらくして運ばれてきたのは、淡い色の果実酒だった。光に透かすと少しきらきらして見える。


 シリルさんの前にも、私のものとは違う色の酒が置かれた。


「甘めなので、飲みやすいと思いますよ」

「へぇー……」


 グラスを持ち上げて、まじまじと眺める。


 これが人生初のお酒。


 なんか緊張する。


 匂いを嗅いでみると、果物の甘い香りがした。想像していたような強い匂いじゃない。


「これ、本当にお酒なんですよね?」

「ちゃんとお酒です」

「見た目ジュースみたいですね」

「だからって勢いよく飲まないでくださいね」

「まだ飲んでないのに注意された」


 隣を見ると、シリルさんもグラスを手に取った。


「じゃあ」


 こちらへ少し差し出してくる。


「今日一日、お疲れさまでした」

「シリルさんも、お疲れさまでした!」


 そっとグラスを合わせる。


 カチン、と小さな音が鳴った。


「乾杯」

「乾杯!」


 いよいよだ。


 恐る恐る一口飲んでみる。


「……!」


 思っていたより、ずっと甘い。


 果物の味がふわっと広がったあと、少し遅れて喉の奥がじんわり熱くなる。


「おいしい!」

「よかったです」

「もっと苦いものだと思ってました!」

「それはかなり飲みやすいものですよ」

「これなら全然飲めます!」


 もう一口飲もうとしたところで、隣から声が飛んできた。


「ノアさん」

「はい?」

「ゆっくり飲んでくださいね」

「大丈夫!」


 シリルさんが少しだけ眉を下げる。


「その返事が一番不安です」

「なんでですか!」

「初めて飲む人は、自分がどれくらい飲めるか分からないでしょう?」

「……確かに」

「なので、今日は僕の言うこと聞いてください」

「なんか保護者みたいになってますよ」

「心配なんです」


 さらっと言われて、少しだけ言葉に詰まる。


 でもすぐに、またグラスへ目を落とした。


 甘くて飲みやすいし、喉が少し熱くなる感じも嫌いじゃない。


 初めてのお酒。


 初めての王都の夜。


 朝からずっと初めてのことばかりで、今日は一日がやけに長く感じる。


 でも、まだ終わってほしくない。


 私は笑いながら、今度は言われた通り、少しだけゆっくりグラスを口へ運んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。