92話 舌鼓
からくり時計をあとにして、私たちはそのまま王都の店をいくつか見て回った。
せっかくここまで来たんだし、みんなにお土産も買って帰りたい。そう思っていたけれど、いざ探し始めると意外と難しい。
「うーん……」
店に入るたびに、あれもいい、これもいいと目移りしてしまう。自分のものなら気に入ったらすぐ買えるのに、人に渡すとなると、その人の顔が浮かぶ分だけ悩んでしまう。
そんな中、ある店でふと目に入ったものに足が止まった。
「あっ、これ!」
エマさんの顔がすぐに浮かぶ。
これ、絶対似合う。
そこからは早かった。トムさんにはこれ、リラには絶対これ、と続けて見つかっていく。
「決まりました!」
「早かったですね」
「この三人は、見た瞬間に顔が浮かびました」
渡した時の反応までなんとなく想像できる。エマさんはきっと笑ってくれるし、トムさんは最初ちょっと照れそう。リラはその場ですぐ開ける気がする。
考えただけで楽しくなってきた。
他のみんなの分も探してみたけれど、今度はなかなか「これだ」と思えるものに出会えない。
「無理に今日決めなくてもいいんじゃないですか?」
「そうですね。明日帰る前にもう一回見ます!」
「その方がいいと思います」
買ったものを手に、再び通りを歩く。
王都は夕方になってもまだまだ人が多い。買い物帰りの人や仕事を終えた人、家族連れ。昼間とは少し違う賑わいに変わっていた。
そんな中、少し先を歩く家族が目に入る。
小さな子どもを真ん中にして、両親が手を繋いでいた。子どもが何か話すたびに二人が笑って、三人で楽しそうに歩いていく。
なんとなく、その後ろ姿を目で追ってしまう。
――いいなぁ。
「ノアさん?」
「え?」
声をかけられて顔を上げると、シリルさんがこちらを見ていた。
「……なんでもないです!」
慌てて笑う。
シリルさんは少しだけ不思議そうな顔をしたけれど、それ以上は何も聞かなかった。
◇
夕方になり、私たちはホテルへ戻った。
部屋に入ると、今日もらった書類や買ったものを机の上へ置く。
「ふぅー……」
朝から色々あった。
王都へ来て、小さなリーヴェルを見て、からくり時計を見て、買い物もして。疲れているはずなのに、嫌な疲れじゃない。
楽しかった。本当に楽しかった。
ベッドに腰掛けて少し休んでいると、夕食の時間が近づいてきた。
そういえば、どこで食べるんだろう。
せっかく王都まで来たんだし、少しくらいおしゃれしてもいいよね。
持ってきた服の中から、いつもより少し綺麗めのワンピースを選ぶ。着替えを済ませて鏡の前へ座り、いつものように下ろしている髪も、今日はまとめてみることにした。
顔まわりに少しだけ髪を残して、最後に全体を確認する。
「うん」
いい感じ。
やりすぎてない。でも、いつもとはちょっと違う。
それくらいがちょうどいい。
身支度を整えて部屋を出ると、ロビーにはシリルさんがすでに待っていた。
「お待たせしました!」
声をかけると、シリルさんがこちらを振り返る。
「……」
そのまま、一瞬止まった。
「?」
何も言わない。
「シリルさん?」
「あ……すみません」
珍しく少し慌てたように視線を逸らす。
なんだろう。どこか変だった?
そう思っていると、もう一度こちらを見た。
「髪、まとめたんですね」
「はい! せっかくなので」
「似合ってます」
「ほんとですか?」
「はい。すごく」
そこまで真っすぐ言われると、こっちが困る。
「……ありがとうございます」
なんとなく耳まで熱くなった気がして、少しだけ視線を逸らした。
「行きましょうか」
「はい!」
シリルさんについて行くと、そのままホテルの中にあるレストランへ入っていった。
「あ、ここなんですね」
「はい。予約してるんです」
「えっ、予約までしてたんですか?」
「せっかく王都まで来たので。どうせなら美味しいもの食べたいでしょう?」
「それは食べたいです!」
即答すると、シリルさんが笑う。
案内された席へ座ると、落ち着いた店内には私たちの他にもたくさんの客がいた。少しだけ照明が落とされていて、昼間に入った店とはまた雰囲気が違う。
運ばれてきた料理は、どれも見た目からして美味しそうだった。
「わぁ……!」
まずはスープを一口。
「おいしい!」
思わずシリルさんを見ると、なぜか嬉しそうに笑っている。
「よかったです」
「これ、すごく好きです」
次の料理も、その次も、どれも本当に美味しかった。
食べながら今日見たものの話をする。小さなリーヴェルの売り場をどうするか、からくり時計が思っていた以上にすごかったこと、明日もう一度お土産を見たいこと。
話していると、あっという間に時間が過ぎていく。
ふと、近くの席から笑い声が聞こえた。
小さな子どもを連れた家族だった。父親が子どもの皿へ料理を取り分け、母親はそれを見ながら楽しそうに何か話している。
少し離れた席には、仲良さそうに食事をしている男女の姿もあった。
まただ。
今日、やけにこういうところばかり目に入る。
なんとなく、目が離せなくなる。
――いいなぁ。
「ノアさん」
「……はい?」
シリルさんを見る。
「デザート、何にします?」
「あっ」
慌ててメニューへ視線を落とすと、目に入った瞬間に決まった。
「これ!」
「即決ですね」
「甘いものは別腹です!」
「さっきまで結構食べてましたよね」
「それとこれとは別です」
真顔で言うと、シリルさんが笑った。
私もつられて笑う。
食事を終え、そろそろ部屋へ戻ろうかと席を立つ。
「そうだ、お会計……」
「もう済んでます」
「え?」
一瞬、意味が分からなかった。
「予約した時に払ってあります」
「ええっ!? 聞いてないです!」
「前に宿で料理をご馳走してくれたでしょう? そのお礼です」
「でも、あれは私がお礼のつもりだったから、これだとお礼のお礼になっちゃいます!」
「そうですね」
「そうですよ!」
なんでそこで普通に認めるんだ。
納得できない顔で見ていると、シリルさんが少し笑った。
「でも今日は、僕に甘えてください」
「……」
さらっと言われて、今度は何も返せなくなる。
なんだその言い方。
「……じゃあ、お言葉に甘えます」
「はい」
にっこり笑うシリルさん。
なんだか上手く丸め込まれた気がする。
でも、美味しかったし。今日はもういいか。
レストランを出て、そのまま部屋へ戻ろうとした。
――けれど、なんとなく足が止まる。
このまま今日を終わらせるのが、少しだけもったいない気がした。
今日は朝からずっと、いつもと違うことばかりだった。初めての王都。初めて見る景色。初めてのお店。
せっかくなら、もう少しくらい羽目を外してみてもいいんじゃないだろうか。
そういえば、王都には夜でも開いているお酒のお店がある。
ちょっと行ってみたい。
でも、夜に一人で外を歩くのはさすがに怖い。
隣にいるシリルさんをちらりと見る。
……誘ってもいいかな。
朝からずっと一緒だったし、疲れてるよね。仕事で来てるのに観光まで付き合ってもらって、ご飯までご馳走になった。
ここからさらに「飲みに行きません?」は、さすがに付き合わせすぎかもしれない。
でも……。
「ノアさん?」
「はいっ!」
考え込んでいたせいで、変な声が出た。
「さっきからどうしました?」
「えっと……」
少し迷う。
やっぱりやめとく?
いや。聞くだけ聞いてみよう。
「シリルさんって、お酒飲みます?」
「飲みますよ」
「……じゃあ、このあと、飲みに行きません?」
シリルさんが少し驚いたように目を瞬いた。
「あ、でも疲れてたら全然いいんです! 今日はずっと付き合ってもらってるし――」
「行きましょう」
返事が早い。
「ほんとですか?」
「はい。僕もちょうど、もう少し飲みたいと思ってたので」
「やった!」
思わず笑ってしまう。
さっきまで誘うかどうか一人で悩んでいたのが、ちょっと馬鹿らしくなった。
「じゃあ、おすすめのお店お願いします!」
「分かりました。王都らしいところにしましょうか」
「楽しみです!」
こうして私たちは部屋へ戻る予定を変更し、もう一度ホテルの外へ出ることになった。




