↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前を忘れた私ですが、たぶん異世界で石鹸屋をはじめます。〜いい人しかいないんですが、罠ですか?〜  作者: まの月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
92/109

92話 舌鼓

 からくり時計をあとにして、私たちはそのまま王都の店をいくつか見て回った。


 せっかくここまで来たんだし、みんなにお土産も買って帰りたい。そう思っていたけれど、いざ探し始めると意外と難しい。


「うーん……」


 店に入るたびに、あれもいい、これもいいと目移りしてしまう。自分のものなら気に入ったらすぐ買えるのに、人に渡すとなると、その人の顔が浮かぶ分だけ悩んでしまう。


 そんな中、ある店でふと目に入ったものに足が止まった。


「あっ、これ!」


 エマさんの顔がすぐに浮かぶ。


 これ、絶対似合う。


 そこからは早かった。トムさんにはこれ、リラには絶対これ、と続けて見つかっていく。


「決まりました!」

「早かったですね」

「この三人は、見た瞬間に顔が浮かびました」


 渡した時の反応までなんとなく想像できる。エマさんはきっと笑ってくれるし、トムさんは最初ちょっと照れそう。リラはその場ですぐ開ける気がする。


 考えただけで楽しくなってきた。


 他のみんなの分も探してみたけれど、今度はなかなか「これだ」と思えるものに出会えない。


「無理に今日決めなくてもいいんじゃないですか?」

「そうですね。明日帰る前にもう一回見ます!」

「その方がいいと思います」


 買ったものを手に、再び通りを歩く。


 王都は夕方になってもまだまだ人が多い。買い物帰りの人や仕事を終えた人、家族連れ。昼間とは少し違う賑わいに変わっていた。


 そんな中、少し先を歩く家族が目に入る。


 小さな子どもを真ん中にして、両親が手を繋いでいた。子どもが何か話すたびに二人が笑って、三人で楽しそうに歩いていく。


 なんとなく、その後ろ姿を目で追ってしまう。


 ――いいなぁ。


「ノアさん?」

「え?」


 声をかけられて顔を上げると、シリルさんがこちらを見ていた。


「……なんでもないです!」


 慌てて笑う。


 シリルさんは少しだけ不思議そうな顔をしたけれど、それ以上は何も聞かなかった。


◇


 夕方になり、私たちはホテルへ戻った。


 部屋に入ると、今日もらった書類や買ったものを机の上へ置く。


「ふぅー……」


 朝から色々あった。


 王都へ来て、小さなリーヴェルを見て、からくり時計を見て、買い物もして。疲れているはずなのに、嫌な疲れじゃない。


 楽しかった。本当に楽しかった。


 ベッドに腰掛けて少し休んでいると、夕食の時間が近づいてきた。


 そういえば、どこで食べるんだろう。


 せっかく王都まで来たんだし、少しくらいおしゃれしてもいいよね。


 持ってきた服の中から、いつもより少し綺麗めのワンピースを選ぶ。着替えを済ませて鏡の前へ座り、いつものように下ろしている髪も、今日はまとめてみることにした。


 顔まわりに少しだけ髪を残して、最後に全体を確認する。


「うん」


 いい感じ。


 やりすぎてない。でも、いつもとはちょっと違う。


 それくらいがちょうどいい。


 身支度を整えて部屋を出ると、ロビーにはシリルさんがすでに待っていた。


「お待たせしました!」


 声をかけると、シリルさんがこちらを振り返る。


「……」


 そのまま、一瞬止まった。


「?」


 何も言わない。


「シリルさん?」

「あ……すみません」


 珍しく少し慌てたように視線を逸らす。


 なんだろう。どこか変だった?


 そう思っていると、もう一度こちらを見た。


「髪、まとめたんですね」

「はい! せっかくなので」

「似合ってます」

「ほんとですか?」

「はい。すごく」


 そこまで真っすぐ言われると、こっちが困る。


「……ありがとうございます」


 なんとなく耳まで熱くなった気がして、少しだけ視線を逸らした。


「行きましょうか」

「はい!」


 シリルさんについて行くと、そのままホテルの中にあるレストランへ入っていった。


「あ、ここなんですね」

「はい。予約してるんです」

「えっ、予約までしてたんですか?」

「せっかく王都まで来たので。どうせなら美味しいもの食べたいでしょう?」

「それは食べたいです!」


 即答すると、シリルさんが笑う。


 案内された席へ座ると、落ち着いた店内には私たちの他にもたくさんの客がいた。少しだけ照明が落とされていて、昼間に入った店とはまた雰囲気が違う。


 運ばれてきた料理は、どれも見た目からして美味しそうだった。


「わぁ……!」


 まずはスープを一口。


「おいしい!」


 思わずシリルさんを見ると、なぜか嬉しそうに笑っている。


「よかったです」

「これ、すごく好きです」


 次の料理も、その次も、どれも本当に美味しかった。


 食べながら今日見たものの話をする。小さなリーヴェルの売り場をどうするか、からくり時計が思っていた以上にすごかったこと、明日もう一度お土産を見たいこと。


 話していると、あっという間に時間が過ぎていく。


 ふと、近くの席から笑い声が聞こえた。


 小さな子どもを連れた家族だった。父親が子どもの皿へ料理を取り分け、母親はそれを見ながら楽しそうに何か話している。


 少し離れた席には、仲良さそうに食事をしている男女の姿もあった。


 まただ。


 今日、やけにこういうところばかり目に入る。


 なんとなく、目が離せなくなる。


 ――いいなぁ。


「ノアさん」

「……はい?」


 シリルさんを見る。


「デザート、何にします?」

「あっ」


 慌ててメニューへ視線を落とすと、目に入った瞬間に決まった。


「これ!」

「即決ですね」

「甘いものは別腹です!」

「さっきまで結構食べてましたよね」

「それとこれとは別です」


 真顔で言うと、シリルさんが笑った。


 私もつられて笑う。


 食事を終え、そろそろ部屋へ戻ろうかと席を立つ。


「そうだ、お会計……」

「もう済んでます」

「え?」


 一瞬、意味が分からなかった。


「予約した時に払ってあります」

「ええっ!? 聞いてないです!」

「前に宿で料理をご馳走してくれたでしょう? そのお礼です」

「でも、あれは私がお礼のつもりだったから、これだとお礼のお礼になっちゃいます!」

「そうですね」

「そうですよ!」


 なんでそこで普通に認めるんだ。


 納得できない顔で見ていると、シリルさんが少し笑った。


「でも今日は、僕に甘えてください」


「……」


 さらっと言われて、今度は何も返せなくなる。


 なんだその言い方。


「……じゃあ、お言葉に甘えます」

「はい」


 にっこり笑うシリルさん。


 なんだか上手く丸め込まれた気がする。


 でも、美味しかったし。今日はもういいか。


 レストランを出て、そのまま部屋へ戻ろうとした。


 ――けれど、なんとなく足が止まる。


 このまま今日を終わらせるのが、少しだけもったいない気がした。


 今日は朝からずっと、いつもと違うことばかりだった。初めての王都。初めて見る景色。初めてのお店。


 せっかくなら、もう少しくらい羽目を外してみてもいいんじゃないだろうか。


 そういえば、王都には夜でも開いているお酒のお店がある。


 ちょっと行ってみたい。


 でも、夜に一人で外を歩くのはさすがに怖い。


 隣にいるシリルさんをちらりと見る。


 ……誘ってもいいかな。


 朝からずっと一緒だったし、疲れてるよね。仕事で来てるのに観光まで付き合ってもらって、ご飯までご馳走になった。


 ここからさらに「飲みに行きません?」は、さすがに付き合わせすぎかもしれない。


 でも……。


「ノアさん?」

「はいっ!」


 考え込んでいたせいで、変な声が出た。


「さっきからどうしました?」

「えっと……」


 少し迷う。


 やっぱりやめとく?


 いや。聞くだけ聞いてみよう。


「シリルさんって、お酒飲みます?」

「飲みますよ」

「……じゃあ、このあと、飲みに行きません?」


 シリルさんが少し驚いたように目を瞬いた。


「あ、でも疲れてたら全然いいんです! 今日はずっと付き合ってもらってるし――」

「行きましょう」


 返事が早い。


「ほんとですか?」

「はい。僕もちょうど、もう少し飲みたいと思ってたので」

「やった!」


 思わず笑ってしまう。


 さっきまで誘うかどうか一人で悩んでいたのが、ちょっと馬鹿らしくなった。


「じゃあ、おすすめのお店お願いします!」

「分かりました。王都らしいところにしましょうか」

「楽しみです!」


 こうして私たちは部屋へ戻る予定を変更し、もう一度ホテルの外へ出ることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。