84話 約束の日
あの日、リーベル商会から訪ねてきた使者は、ライネルさんからの呼び出しを伝えに来たのだった。
都合のいい日を聞かれ、こちらの予定を伝える。
そして今日が、その約束の日。
私はリーベル商会を訪れていた。
案内された部屋の前で足を止める。
コンコン
「ライネル様、ノア様をお連れしました」
「どうぞ」
扉が開き、私は軽く頭を下げて中へ入る。
「失礼します」
「直接お会いするのは久しぶりですね、ノアさん。まずは液体石鹸の成功、おめでとうございます」
「ありがとうございます。ライネルさんや親方さんのおかげです」
「いえいえ。こうなることは分かっていました。私の目に狂いはなかった、ということですね」
そう言って、ライネルさんが片目を閉じる。
相変わらずだ。
思わず笑ってしまった。
「さて、こちらへどうぞ」
「失礼します」
勧められた席へ腰を下ろすと、ライネルさんも向かいへ座った。
「さっそく本題ですが、シャボンノアの石鹸を王都でも販売してみませんか」
「王都で……ですか?」
「はい。最近ではシャボンノアも、リーヴェの街の特産品として知られるようになってきました。私どもは王都でリーヴェの特産品を扱う店舗を運営しています。そこへ、シャボンノアの商品も並べたいと考えています」
王都。
思ってもみなかった話だった。
少し前なら、そんな余裕はなかったと思う。でも今は、製造を手伝ってもらえるようになって在庫にも少し余裕が出てきた。
王都で販売すること自体は、たぶんできる。
ただ。
「ライネルさん。一つだけ、いいですか?」
「もちろんです」
私はライネルさんを真っ直ぐ見る。
「私は、こだわりを持ってシャボンノアの商品を販売しています。商品は石鹸だけじゃありません。梱包も、取扱説明書も、商品の説明も、包装も、手提げ袋も。全部含めてシャボンノアの商品だと思っています」
一度言葉を切る。
「王都でも、そこまでできますか?」
ライネルさんが一瞬だけ目を見開いた。
けれど、すぐに小さく笑う。
「ええ。……安心しました」
「え?」
「そこまで考えてくださると思っていたからです。やはり私の見る目は間違っていませんでした」
またウインクされた。
この人、本当にこういうところがある。
「それでしたら、一度王都のお店をご覧になりますか?」
「そうですね。できれば、自分の目で見ておきたいです」
「では、その方向で調整しましょう。ただ、王都までは馬車で五時間ほどかかります。一人で行くには少し不安でしょう」
「はい……」
五時間か。
さすがに一人で行くより、誰かについてきてもらった方がいいかもしれない。
ノエルに頼む?
でもお店もあるしなぁ。
そんなことを考えていると、ライネルさんが口を開いた。
「ノアさん。最近、私どもに腕の立つ新人が入りまして。よろしければ、一度ご紹介させていただいてもよろしいでしょうか」
「紹介ですか?」
「ええ」
「紹介だけでしたら、ぜひ」
そう答えると、ライネルさんは部屋に控えていた従業員へ視線を向けた。
「彼を呼んできてください」
「かしこまりました」
従業員は一礼すると、静かに部屋を出ていった。




