82話 あの時の一言
店を出ると、手には紙袋がひとつ。中には、ノアさんから渡された石鹸が入っている。
『お店の商品です。よかったら全部使ってみてください。感想も聞かせてもらえると嬉しいです』
そう言って、いくつも詰めてくれた。
「こんなにもらっちゃっていいんすか?」
『お店で働くなら、まずは知っておいてほしいので』
にこっと笑って渡してくれた顔を思い出す。
「いい人だったなぁ」
紙袋を抱え直したところで、お腹がぐぅっと鳴った。そういえば依頼から戻って、そのまま面接に来たから何も食べてない。
「……腹減った。なんか買って帰ろ」
大通りの屋台を目指して歩き出す。
お腹は減っているのに、頭の中に浮かぶのはさっきの面接のことばかりだった。
綺麗なお姉さんだったし、思っていたよりずっと話しやすかった。仕事内容もちゃんと説明してくれたし、服まで用意してくれるらしい。
しかも明日から働くことまで決まった。
……
改めて考えると、展開早すぎない?
そもそも。
なんでこんなことになったんだっけ。
◇
少し前。
依頼を終えて街へ戻ったところで、見慣れた銀髪を見つけた。
「師匠ー! 見てくださいよ、この防具!」
走り寄って胸当てを叩くと、師匠がちらりと視線を向けた。
「新しくしたんすけど、ぜんぜん可愛くないんすよ。性能はいいんすよ? でも全然気分上がんないっす」
「命を守るためのものだからな」
「それは分かってるんすけど、見た目って大事じゃないっすか。もうちょっと可愛かったら頑張れる気がするんすよ」
動きやすいし、防御力も悪くない。冒険者として使うなら何も問題はないんだけど、色も形もとにかく地味だ。
師匠なら少しくらい分かってくれるかと思ったのに、案の定そこには全然興味がなさそうだった。
しばらく黙ったまま歩いていた師匠が、不意に口を開く。
「……ノエル」
「はい?」
「護衛の仕事がある」
「……え?」
さっきまで防具の話してたよね?
急すぎる。
「なんすか、それ。またどっかのお偉いさんにでもついていくんすか?」
「詳しいことはまだ話せない。俺から依頼されたことも、相手には言わないでほしい」
「えぇ? 余計気になるんすけど。危ない仕事なんすか?」
「今は危険ではない。守ってほしい人がいる」
「どんな人なんすか?」
師匠は答えない。
「いやいや、そこ黙るんすか? めっちゃ気になるじゃないっすか」
それでも何事もなかったみたいに歩き続ける。
師匠ってたまにこういうとこあるんだよな。
「受けてくれるか」
先にそこ聞くんだ。
うちは思わず苦笑した。
「師匠にはいっぱい助けてもらいましたし、お願いされたら断れないっすよ。でも、うちにもできる仕事なんすか?」
「店頭に立つ仕事だ」
「店頭?」
護衛なのに店頭?
頭の中に冒険者ギルドでも武器屋でもない、よく分からない店の姿が浮かぶ。
「制服もある」
「……制服?」
「可愛いと思う」
「マジっすか!」
思わず食いついてしまった。
さっきまで護衛の内容を聞いていたはずなのに、一気にそっちが気になる。
「どんな制服なんすか? スカートですか? 色は?」
「面接があるかもしれない。決まったら連絡する。その前に話しておくこともある」
「そこは教えてくれないんすか!」
「決まってからだな」
「えぇー」
でも、可愛い制服。
それだけでちょっと楽しみになってきた。
「分かりました! とりあえず受けます!」
勢いよく返事をすると、師匠は小さく頷いた。
この時はまだ、護衛の仕事を頼まれただけのつもりだった。
まさか本当に店員として面接を受けて、そのまま働くことになるとは思ってなかった。
◇
気が付けば、いつもの屋台の前まで来ていた。
「これ一本ください!」
焼きたての串を受け取り、熱いうちに一口かじる。
「うまっ」
香ばしい匂いと肉汁が口いっぱいに広がる。依頼終わりに食べる肉は、やっぱり最高だ。
串を食べながら、反対の手に持った紙袋へ目を落とす。
石鹸屋。
接客。
包装。
それから、あの制服。
ノアさんが着ていた淡い水色の制服を思い出す。
あれ、すごく可愛かったな。
うちもそのうち、あれ着るんだよな。
冒険者の時は動きやすさ優先で、短パンに丈夫な服ばっかり。可愛い服なんてほとんど着る機会がなかった。
店で働くなんて考えたこともなかったけど、もしかしたら意外と悪くないのかもしれない。
……いや。
まだ初日どころか、明日からなんだけど。
それでも、さっきまで「なんでこうなったんだ」と思っていたのが、少しずつ変わってきた。
明日、どんな一日になるんだろ。
残りの肉を頬張りながら、うちはちょっとだけ笑った。
なんだかんだで。
明日が楽しみだ。




