80話 すれ違いに
朝。
私は神棚の前に立ち、両手を合わせる。
「アラボン様、今日もよろしくお願いします」
最近は、これが毎朝の日課になっていた。
◇
開店前。
店内を整えながら今日の準備を進めていると、入口のベルが鳴った。
カランカラン
「ノアちゃ〜ん♡ 今日も素敵な包装紙持ってきたわよ〜ん♡ あと、ちょっとした差し入れも♡」
「ルシアン! わぁ、ありがとう!」
「一緒に食べられたらいいのにぃ」
「そんな我儘言わないの♡ 私たちはこう見えて忙しいのよぉ」
二人で笑い合う。
「ねぇルシアン、今度一緒に服買いに行こ!」
「いいわねぇ♡ じゃあ私にノアちゃんの服、選ばせてよ」
「なにそれ! 楽しみすぎる!」
きゃっきゃと盛り上がっていると、もう一度ベルが鳴った。
カラン
「あら、それじゃあまた来るわねぇ♡」
ルシアンは荷物を抱え直して入口へ向かう。入れ替わるように店へ入ってきた青年を見たところで、ぴたりと足を止めた。
ゆっくり上から下まで眺める。
……
「ふっ」
鼻で笑うと、そのまま店をあとにした。
…………
「あ、シリルさん」
「おはようございます」
「おはようございます」
いつも通りの笑顔で、シリルさんが一礼する。
「あの……今の方は?」
「ルシアンです。包装紙をお願いしている紙屋さんの息子さんなんです。とってもおしゃれさんなんですよ」
「そうなんですね」
「今日は朝早くからどうされたんですか?」
「この前お話しした従業員の件で」
「あ! 私も気になってたんです! 明日とかはどうですか? 定休日ですし……午前中とか、ご都合よければ」
「大丈夫だと思います。確認しておきます」
「ありがとうございます! 扉は開けておきますので、着いたらそのまま入ってきてくださいとお伝えいただけますか?」
「分かりました。では失礼します」
シリルさんは一礼して踵を返した。
◇
一歩、二歩と進んだところで、シリルの足が止まる。
――理由を聞け。
兄の言葉が頭をよぎった。
このまま帰ってしまえば、また同じことを考えるだけだ。
少し迷ったあと、ゆっくり振り返る。
「あの」
ノアがこちらを見る。
「はい?」
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
一度息を吸う。
「この前……ノアさんが『冒険者はない』と言ったのが聞こえてしまって」
ノアの目が大きく見開かれた。
「え!? シリルさん近くにいたんですか?」
「いえ、そんなに近くはなかったんですが……僕、耳がちょっと……というか、かなりよくて」
「冒険者特典的な?」
思ってもいなかった言葉に、思わず苦笑する。
「まあ……そんなところです」
「へぇ……」
ノアは妙に納得した顔をしている。
「それで、僕の名前が聞こえて振り向いたらノアさんがいて……ちょうど聞こえてしまいました。盗み聞きをするつもりはなかったんです。結果的にそうなってしまって、申し訳ありません」
頭を下げる。
「えっ!? すみません! かなり失礼なこと言ってましたよね」
◇
うわぁ……。
本人に聞かれてたとか気まずすぎる。
しかも、そのことを直接聞きに来るなんて。
シリルさん、ハート強すぎる……。
必死にあの日の会話を思い返す。
「あの……シリルさんがどうこうっていう話をしてたわけじゃないんです。私、宿で働いてた時にたくさんの冒険者の方を見てきて、危ない依頼の話とか、怪我をして帰ってくる人とか……そういうのを何度も見てきたので」
あの時リラに話したことを思い出しながら続ける。
「もし私が待つ立場だったら、毎日、無事に帰ってくるまで心配するんだろうなって思ったんです。たぶん私には、それがすごく辛くて……だから、あんな言い方になってしまいました」
そこまで言って、ぺこりと頭を下げる。
「本当にごめんなさい。冒険者をされてる方には、とても失礼でしたよね」
少しの沈黙。
「そうでしたか」
顔を上げると、シリルさんが微笑んでいた。
「安心しました。僕が嫌われていたわけではないんですね」
私はきょとんとする。
「え? そんなわけないじゃないですか! こんなにパーフェクトヒューマンなシリルさん、みんな大好きですよ!」
にこっと笑うと、なぜかシリルさんが固まった。
「みんな……」
「はい!」
「ノアさんも?」
「もちろん! 嫌いなわけないじゃないですか」
そう答えた瞬間、シリルさんに満面の笑みが広がった。




