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名前を忘れた私ですが、たぶん異世界で石鹸屋をはじめます。〜いい人しかいないんですが、罠ですか?〜  作者: まの月


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80/103

80話 すれ違いに

 朝。


 私は神棚の前に立ち、両手を合わせる。


「アラボン様、今日もよろしくお願いします」


 最近は、これが毎朝の日課になっていた。


◇


 開店前。


 店内を整えながら今日の準備を進めていると、入口のベルが鳴った。


 カランカラン


「ノアちゃ〜ん♡ 今日も素敵な包装紙持ってきたわよ〜ん♡ あと、ちょっとした差し入れも♡」

「ルシアン! わぁ、ありがとう!」

「一緒に食べられたらいいのにぃ」

「そんな我儘言わないの♡ 私たちはこう見えて忙しいのよぉ」


 二人で笑い合う。


「ねぇルシアン、今度一緒に服買いに行こ!」

「いいわねぇ♡ じゃあ私にノアちゃんの服、選ばせてよ」

「なにそれ! 楽しみすぎる!」


 きゃっきゃと盛り上がっていると、もう一度ベルが鳴った。


 カラン


「あら、それじゃあまた来るわねぇ♡」


 ルシアンは荷物を抱え直して入口へ向かう。入れ替わるように店へ入ってきた青年を見たところで、ぴたりと足を止めた。


 ゆっくり上から下まで眺める。


 ……


「ふっ」


 鼻で笑うと、そのまま店をあとにした。


 …………


「あ、シリルさん」

「おはようございます」

「おはようございます」


 いつも通りの笑顔で、シリルさんが一礼する。


「あの……今の方は?」

「ルシアンです。包装紙をお願いしている紙屋さんの息子さんなんです。とってもおしゃれさんなんですよ」

「そうなんですね」

「今日は朝早くからどうされたんですか?」

「この前お話しした従業員の件で」

「あ! 私も気になってたんです! 明日とかはどうですか? 定休日ですし……午前中とか、ご都合よければ」

「大丈夫だと思います。確認しておきます」

「ありがとうございます! 扉は開けておきますので、着いたらそのまま入ってきてくださいとお伝えいただけますか?」

「分かりました。では失礼します」


 シリルさんは一礼して踵を返した。


◇


 一歩、二歩と進んだところで、シリルの足が止まる。


 ――理由を聞け。


 兄の言葉が頭をよぎった。


 このまま帰ってしまえば、また同じことを考えるだけだ。


 少し迷ったあと、ゆっくり振り返る。


「あの」


 ノアがこちらを見る。


「はい?」

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「もちろんです」


 一度息を吸う。


「この前……ノアさんが『冒険者はない』と言ったのが聞こえてしまって」


 ノアの目が大きく見開かれた。


「え!? シリルさん近くにいたんですか?」

「いえ、そんなに近くはなかったんですが……僕、耳がちょっと……というか、かなりよくて」

「冒険者特典的な?」


 思ってもいなかった言葉に、思わず苦笑する。


「まあ……そんなところです」

「へぇ……」


 ノアは妙に納得した顔をしている。


「それで、僕の名前が聞こえて振り向いたらノアさんがいて……ちょうど聞こえてしまいました。盗み聞きをするつもりはなかったんです。結果的にそうなってしまって、申し訳ありません」


 頭を下げる。


「えっ!? すみません! かなり失礼なこと言ってましたよね」


◇


 うわぁ……。


 本人に聞かれてたとか気まずすぎる。


 しかも、そのことを直接聞きに来るなんて。


 シリルさん、ハート強すぎる……。


 必死にあの日の会話を思い返す。


「あの……シリルさんがどうこうっていう話をしてたわけじゃないんです。私、宿で働いてた時にたくさんの冒険者の方を見てきて、危ない依頼の話とか、怪我をして帰ってくる人とか……そういうのを何度も見てきたので」


 あの時リラに話したことを思い出しながら続ける。


「もし私が待つ立場だったら、毎日、無事に帰ってくるまで心配するんだろうなって思ったんです。たぶん私には、それがすごく辛くて……だから、あんな言い方になってしまいました」


 そこまで言って、ぺこりと頭を下げる。


「本当にごめんなさい。冒険者をされてる方には、とても失礼でしたよね」


 少しの沈黙。


「そうでしたか」


 顔を上げると、シリルさんが微笑んでいた。


「安心しました。僕が嫌われていたわけではないんですね」


 私はきょとんとする。


「え? そんなわけないじゃないですか! こんなにパーフェクトヒューマンなシリルさん、みんな大好きですよ!」


 にこっと笑うと、なぜかシリルさんが固まった。


「みんな……」

「はい!」

「ノアさんも?」

「もちろん! 嫌いなわけないじゃないですか」


 そう答えた瞬間、シリルさんに満面の笑みが広がった。

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