78話 兄の役目
俺は少し考えてから、改めてシリルを見る。
「シリル。もう一つ聞くぞ」
呼びかけると、俯いていた顔がゆっくりと上がった。
「どうでもいい相手に『冒険者はない』って言われたとして、お前はここまで落ち込むか?」
シリルは目を見開いたまま、何も答えない。
「多少は腹も立つだろうし、悔しいとも思うだろう。でも部屋に籠もって、冒険者を辞めようなんて考えないだろ」
言われて初めて考えたのか、シリルはまた視線を落とした。
しばらく何も言わない。
さっきまでなら、そのままどんどん沈んでいきそうな空気だったが、今は少し違う。俺の言葉を考えているように見えた。
「この先も……」
やがて、ぽつりと声が落ちる。
「何かきっかけがあれば……会いに行けると思っていて。商会の用事でも、お店の客としてでも、理由さえあれば」
俺は口を挟まずに続きを待った。
「あの日……ノアさんが泣いていて、俺が守らなければって思って」
膝の上に置かれた手が、ゆっくり握られていく。
「だから……ずっと側にいないとって」
そこで一度、言葉が途切れた。
「でも、冒険者はないと言われて……俺は、もう側にいることができないんだと思ったら……どうしていいか分からなくなってしまって」
なるほど。
そういうことか。
こいつ、これからもノアさんに会う気満々だったんだな。
商会の用事でもいい。店の客でもいい。
なんでもいいから理由をつけて、会いに行こうとしてたわけだ。
……いや。
思ってたより、だいぶ好きじゃないか。
昔からこいつは飄々としていて、周りからキャーキャー言われてもどこ吹く風だった。
女に困ってるところなんて見たこともないし、俺はてっきりこういうこともそれなりに分かってるもんだと思ってたんだが。
なんかいろいろ育ってなかったんだな。
かわいいやつめ。
「シリル」
呼ぶと、今度はちゃんとこっちを見た。
「さっきも言ったけど、理由も聞かずに自分で終わらせるなんて、お前らしくないだろ。ノアさんが冒険者はないって言ったなら、何か理由があるはずだ」
「理由……」
「ああ。危ない仕事が嫌なのかもしれないし、何か別の理由があるのかもしれない。そこを何も聞いてないのに、お前が勝手に『もう側にいられない』って決めるのは早い」
シリルは黙ったまま俺を見ている。
でも、さっきまでよりは随分マシだ。
少なくとも、今すぐ冒険者を辞めると言い出しそうな顔ではなくなった。
よし。
少しは戻ってきたか。
俺は髪をかきあげながら、この先を考える。
さて。
ここまで来たなら、俺が一肌脱いでノアさんに理由を聞きに行くか?
それとなく聞くくらいなら――
……
いや。
やめとこう。
こういうのは第三者が入りすぎると余計にこじれる。
本人が何も言ってないのに、兄が勝手に相手のところへ聞きに行くのもおかしいしな。
本人同士の問題だ。
俺が出る幕じゃない。
……たぶん。
そう思って、もう一度シリルを見る。
さっきよりはマシ。
だいぶマシ。
でも。
今のこいつに、自分でノアさんのところへ行って聞けるのか?
……
無理だろこれ。




