75話 パニックルーム きのこを添えて
俯いたままだったシリルの首が、ゆっくりこちらを向いた。
「……ひっ」
こいつ。
顔が整いすぎてるから、余計にホラーなんだが。
いや、俺だってそこそこ顔はいい。負けてない……はず。
……いや今そこじゃない。
まずい。
今日が俺の命日なんじゃないか。
昔、大事にしていたおもちゃを俺が踏んで壊した時だって、
『形あるものは壊れます』
五歳でそう言ったやつだぞ?
そのシリルが、なんでこんなことになってるんだ。
「……にぃさん?」
びくっ
「お、おう! シリル! 元気か!? ……いや元気じゃないな! 見たら分かるわ!」
……
何言ってんだ俺。
落ち着け。
頼むから落ち着け。
「いや、その……どうした? 何があった? みんな心配してるぞ。母上なんて気持ち悪いとか言ってたぞ。あれはさすがにひどいと思うけど」
シリルはまた俯いたまま動かない。何かぶつぶつ言ってるけど、全然聞こえない。
「シリル、もうちょい大きい声で頼む。兄さん今かなり頑張ってるから」
しばらくして、
「冒険者……」
ぽつりと声が落ちた。
「やめようかなって……」
「……は?」
思わず聞き返す。
「いやいやいや、待て待て。なんでそうなる? 別に辞めるのが悪いとは言わないけど、お前、自分で選んだんだろ? それに向いてるじゃないか。めちゃくちゃ向いてるだろ。むしろお前以上に誰が向いてるんだよ」
シリルは小さく首を振った。
「…………て、言われたんです」
「ん? 聞こえん。もう一回頼む」
もう少し近付こうとして、やめた。
無理。
これ以上は無理。
仕方なくペンだけ伸ばす。
つん
「ないって……言われたんです」
どよぉぉん
……ない?
何がない?
こいつに『ない』ものなんてあったか?
いや知らんけど。
「だから何がないって言われたんだ? 主語! 主語をくれ!」
シリルはゆっくり顔を上げた。
「冒険者は……ないって言われたんです」
ぽろっ
涙が一粒こぼれ落ちた。
……
うわぁぁぁぁぁっ!!
シリルが泣いたーー!!
「えっ!? ちょ、待て待て待て! 泣くの!? お前が!? いや泣くのはいいけど、どういうこと!? 『冒険者はない』って誰に言われた!? 何がないんだ!? いや冒険者がないって何!?」
分からん。
何一つ分からん。
落ち着け俺。
いや無理。
今この部屋で一番パニックなの、たぶん俺だ。




