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名前を忘れた私ですが、たぶん異世界で石鹸屋をはじめます。〜いい人しかいないんですが、罠ですか?〜  作者: まの月


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67話 すっかり店員さん

 シリルさんが護衛についてくださるようになって、二日目。


 たった二日なのに、シリルさんはすっかりシャボンノアの店員さんになっていた。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 お客様を見送る姿も、もう普通に様になっている。


 商品の場所はもちろん、包装も会計も覚えた。お客様が迷っていれば声をかけ、必要ならサンプルまで渡している。


 ……すごい。


 ここまで覚えるの、早すぎません?


 私は完全に仕事を取られている。


 いや。


 これは喜ぶところなのかな。


「ノアさん、石鹸作り進めてきてください。店は僕が見てますから」

「でも……」

「必要な時は呼びますよ」


 穏やかに微笑まれ、私は苦笑した。


「それじゃ、お言葉に甘えます」


 エプロンをつけて裏手の作業場へ向かう。


 石鹸を作る場所までお客様が入ってくることはまずない。それでもシリルさんは、ときどき様子を見に来てくれた。


「変わりないですか?」

「はい、大丈夫です」

「分かりました」


 それだけ確認すると、また店へ戻っていく。


 店員さんみたいになってるけど、ちゃんと護衛なんだ。


 そう思うと、やっぱり安心する。


 お昼前になると、リラがパンを届けに来てくれた。


「こんにちはー……って、えぇぇぇぇぇ!?」


 店へ入ってきたリラが、その場で固まった。


 店頭に立つシリルさんと私を何度も見比べている。


「ど、どういうこと!?」

「あはは……。詳しいことはまた話すね」

「ほんと?」

「うん、約束」


 リラはまだ納得していない顔のまま、持ってきたパンを台の上へ置いた。


「あっ! そっか! だから今日からパンの量多かったんだ!」

「そうそう。シリルさんの分もお願いしたから」

「よかったー。ノアが大食いに挑戦するのかと思った」

「するかい!」


 思わず即答すると、リラがけらけら笑った。


「だって急に増やしてって言うから」

「一人で食べる量じゃないでしょ」

「ノアならいけるかなって」

「いけません!」


 リラはまだ笑いながら、今度はシリルさんへ向き直った。


「あっ、ちゃんと挨拶してなかった。はじめまして、ノアの友達のリラです」

「シリルです。よろしくお願いします」

「明日もパンを届ける予定なんですけど、好きなパンとかあります?」

「好きなパンですか?」


 シリルさんは少し考えた。


「そうですね……肉が入ってると嬉しいです」

「お肉ですね! じゃあ明日はお肉入り多めにします」

「ありがとうございます」


 リラは満足そうにうなずいた。


「じゃあ、また明日もお願いね」

「任せて! ではではシリルさん! ノア、またねー!」

「また明日ね」


 店を出かけたリラが、ふと思い出したように振り返る。


「ノアー! 約束忘れないでよー?」

「分かってるって!」


 大きく手を振り、今度こそリラは帰っていった。


 その後ろ姿を見送りながら、シリルさんが小さく笑う。


「とても元気な方ですね。明日のパンが楽しみになってきました」

「そうなんです。リラっていつもあんな感じで、私もよく元気もらってます」

「ノアさんの友達って感じですね」


 にっこり笑われる。


「……なんか、それ嬉しいですね」


 ちょっと照れた。


 それから四日ほど、穏やかな日が続いた。


 朝になるとシリルさんが宿まで迎えに来てくれて、一緒に店へ向かう。営業が終われば、帰りも宿まで一緒だ。


 店では普通に接客をしているし、ときどき裏まで私の様子を確認しに来る。お昼も交代で食べるようになり、リラがパンを届けてくれる日はシリルさん用に肉入りが増えた。


 なんだか、ものすごく贅沢な日々を過ごしている気がする。


 毎日朝から晩までシリルさんがいる。


 イケメン飽和状態だ。


 しかし不思議なもので、最近ちょっと慣れてきた。


 人間、慣れるもんなんだな。


 ……慣れて。


 いや。


 慣れ度20%くらい。


 100%までは、まだまだ遠い。


 ノアのイケメン修行は、まだ始まったばかりだ。


 そんなことを考えていた、その日の夕方。


 営業もそろそろ終わりに近づいた頃、店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 顔を上げると、入ってきたのはお客様ではなかった。


 見覚えのある制服。


 冒険者ギルドの職員さんだ。


「シャボンノアの店主様でお間違いありませんか?」

「はい」

「ヴィンスより伝言です。本日の営業終了後、冒険者ギルドまでお越しくださいとのことです」


 私はシリルさんを見る。


 シリルさんもこちらを見て、静かにうなずいた。


 ……来た。


 きっと、偽物の石鹸の件だ。

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