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名前を忘れた私ですが、たぶん異世界で石鹸屋をはじめます。〜いい人しかいないんですが、罠ですか?〜  作者: まの月


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66話 試作品

「ちょっと待っとれ」


 親方さんはそう言うと、工房の奥へ入っていった。


 何だろう。


 私はシリルさんと顔を見合わせる。


 しばらくして戻ってきた親方さんが、大事そうに抱えていたのは布に包まれた何かだった。


「これを嬢ちゃんに試しに作った。気に入ったら発注してくれんか?」

「私にですか?」

「ああ」


 私はそっと布を開く。


 そこには。


 ……


 そこには、淡い水色のお皿。


 しかも、アラボンの形をしたお皿だった。


「……やば」


 思わず声が漏れる。


「やばかったか?」


 親方さんが少し困ったように頭をかく。


「これは石鹸置きだ。まぁ試作品だからな。いらないかもしれんが、もしよかったらもらってくれ」

「違いますっ! やばとか言っちゃってすみません。やばいくらい可愛すぎて……語彙が!」


 親方さんはぽかんとしたあと、ふっと笑った。


 私はそっとお皿を持ち上げる。


「親方さん……愛を感じます。ありがとうございます」


 うるっとした目で見上げると、親方さんは急に困ったような顔になった。嬉しいのか、照れているのか、若干引いているのか分からない。


「……なんじゃ、その顔は」

「感動しています」

「そうか……」


 明らかに扱いに困っている。


 でも、本当に可愛い。


「欲しいです! 何枚でも欲しいです! 石鹸だけなんてもったいないです。これでご飯も食べたいし……あっ、アクセサリーとか置いても絶対かわいいですよね!」


 アクセサリーなんて持ってないけど。


「なんか夢ふくらんできたー!」


「わっはっは! 何言っとんだ嬢ちゃん」


 工房中に親方さんの笑い声が響く。


 私はお皿を持ったまま、くるっとシリルさんの方を向いた。


「ね? シリルさん。シリルさんも欲しいですよね?」


 突然話を振られたシリルさんは、私の手の中にあるアラボンのお皿を見た。


「たしかに、かわいいですね」

「ですよね!」


 やっぱり分かってる。


 私は満足してうなずいた。


「仕方ないですね。一枚おごってあげますよ」


 ちょっとだけ胸を張って言う。


 シリルさんは一瞬きょとんとしたあと、くすくす笑った。


「ありがとうございます」


 少し離れたところから、


「ブフッ」


 誰かが吹き出す声が聞こえた。


 見ると、作業をしていた従業員の一人が慌てて顔をそらしている。


 何がおかしいんだ。


 私は本気なのに。


「いつから発注できるんですか?!」

「お、おう?」


 親方さんがまだ笑いながら答える。


「あっ」


 そこで私は固まった。


「お値段聞いてなかった。でも欲しいです! とりあえず三十枚!」

「わっはっはっは! 嬢ちゃん、値段も聞かずに発注する気か!」

「可愛すぎて、つい……」


 親方さんはお腹を抱えて笑い、さっき吹き出していた従業員からもまた笑い声が聞こえてきた。


「まだ試作品だ。値段もこれからだし、三十枚はもう少し待て」

「はい!」


 返事をしながらも、私の視線はアラボンのお皿から離れない。


 頭の中には、もう店頭に並んでいる光景まで浮かんでいた。


 この石鹸置きの上に、アラボン石鹸をちょこんと乗せる。その横には小さなポップを置いて――。


 販売予定 数量限定


 ご予約承ります


 きっと足を止めてくださるお客様がいる。


「可愛い!」


 そんな声まで聞こえてきそうで、思わず頬が緩んだ。


 ……


 とりあえず。


 まずは私が使おう。

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