65話 雷がなる
午後の営業が始まってから、しばらく店を開けた。
何人かのお客様を見送り、店内が落ち着いたところで私は入口の札を裏返す。
「少し早いですけど、今日はここで閉めますね」
「分かりました」
戸締まりを済ませ、私たちは冒険者ギルドへ向かった。
シリルさんがライネルさんから預かっていた書類を提出し、私も依頼書へ署名する。もっといろいろ聞かれるのかと思っていたけれど、手続きは驚くほどあっさりと終わった。
これで、シリルさんは正式に私の護衛となる。
ギルドを出たところで、隣を歩くシリルさんを見上げた。
「あの、シリルさん。このあと親方さんのところへ行きたいんですが、一緒に来てもらってもいいですか? 昨日のこと、まだ何も話せてなくて……」
「もちろんです」
二人でそのまま工房へ向かった。
中へ入ると、親方さんが作業の手を止めてこちらを見る。
「おう、ノアか」
そのまま隣にいるシリルさんへ目を向け、首をかしげた。
「おまえさんも来たのか。どうした?」
「実は……」
私は昨日あったことを最初から話した。
露店でシャボンノアを名乗る偽物の石鹸が売られていたこと。自分で露店へ近づいて話を聞いてしまったこと。そのあとヴィンスさんへ相談し、どうやら露店の男とは別に石鹸を作っている者がいるらしいと分かったこと。
そして今は、シリルさんに護衛をお願いしていることまで一通り話し終えた。
その時だった。
「ばかもんっ!!!」
「ひゃっ!」
工房に大声が響き、思わず背筋が伸びた。
「そんな危ねぇこと、一人で動きおって!」
「す、すみません……。自分でもあの時、どうしてあんな行動をしたのか分からないんです。今しかないって思ってしまって、その時はそれしか頭になくて……。でも、冷静になった今なら分かります。本当に浅はかな行動でした」
親方さんは腕を組んだまま、大きく息を吐いた。
「分かったならいい。だがな、この前のクレーム対応のおまえさんは、どこへ行った」
「……え?」
「あん時のおまえさんは、ちゃんと相手を見て、冷静に考えて動けとった。大事な場面こそ、あの時のおまえさんを思い出せ」
私は、はっとした。
そうだ。あの時は目の前の相手に腹を立てるより先に、まず話を聞いた。何が起きたのかを一つずつ確認して、落ち着いて考えてから動いた。
なのに今回は、“今しかない”という気持ちだけに引っ張られて、後先も考えず飛び出してしまった。
「……はい」
親方さんの言う通りだ。
うつむいたまま返事をすると、親方さんはもう一度ため息をつき、今度はシリルさんへ顔を向けた。
「で、おまえさんが護衛してくれとるんだな」
「はい。僕にできることなら力になりたいと思っています」
「そうか。なら安心だ。ノアのこと、頼んだぞ」
「はい。任せてください」
親方さんが静かにうなずく。
それを見て、胸につかえていたものが少しだけ軽くなった。
「親方さん、ありがとうございました」
「礼なんざいらねぇ。次からは心配かけるんじゃねぇぞ」
「はい!」
怒られたのに、なんだか少し嬉しかった。
「……何にやけとるんじゃ」
「に、にやけてません!」




