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名前を忘れた私ですが、たぶん異世界で石鹸屋をはじめます。〜いい人しかいないんですが、罠ですか?〜  作者: まの月


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64話 思わぬ人気者

 朝の仕事を終え、いつも通り店を開ける。


「いらっしゃいませ」


 最初のお客様が店へ入ってきた。


 商品棚へ向かおうとして、ふと足が止まる。


「あら……? もしかして、シリル様ではありませんか?」

「いらっしゃいませ」

「今日はどうされたのですか?」

「家業の一環です」

「まあ、そうでしたの」


 シリルさんが軽く一礼すると、女性は嬉しそうに微笑み、そのまま商品棚へ向かった。


 そのあともお客様が入ってくるたび、やっぱり最初にシリルさんを見る。目を丸くする人もいれば、二度見する人、友人と顔を見合わせる人もいる。中には声を掛けられず、ちらちらとシリルさんを気にしながら商品を選ぶ人までいた。


「やっぱりシリル様よね……」

「でも、話しかけるのは緊張するわ」


 小さな声が聞こえてくる。


 有名人だとはエマさんとトムさんから聞いていたけど、ここまでとは……。


アラボン以上の人気が…

いや

アラボン、ごめん。勝負にならない


 そうこうしているうちに、朝の店内はいつものように忙しくなってきた。


「こちら、フィオラの香り付きです。見本もあるので、よかったら香りを試してみてください」

「贈り物でしたら、こちらの包装もできますよ」


 会計をしながら質問に答え、商品を袋へ入れ、初めてのお客様には説明書を添える。迷っている人がいれば見本を勧め、足用石鹸の使い方を聞かれれば、棚から商品を取り出して説明する。


 何人かのお客様を見送って、また次のお客様を迎える。


 シリルさんは店内を見渡せる場所に立ったまま、特に口を出すこともなく静かにしていた。


 たまに視線を感じる気がするけど、護衛なんだから周りを見ているんだろう。


 お昼が近くなり、ようやく店内が少し落ち着いた。


「あ、そういえばシリルさん。お昼どうします?」

「お昼ですか?」

「はい。私はいつもトムさんに作ってもらったり、近くで買ったりしてるんです。今日のこと、先に聞いておけばよかったですね。すみません、気が利かなくて」

「そんなことないですよ」


 今日はトムさんにお願いして、いつもより少し多めに昼食を用意してもらっている。忙しくても食べやすいように、手でつまめるものを中心にしてもらった。


「今日は少し多めに作ってもらってるので、よかったら一緒に食べます?」

「いいんですか?」

「もちろんです。あと、もし護衛の間も私と同じでよければ、トムさんかリラにお願いしてお昼を用意してもらえますよ」

「それは助かります。お願いします」


 そこまで話して、ふと思った。


「ところで、シリルさんってどのくらい食べるんですか?」

「僕ですか?」

「はい。量が分からないとお願いする時に困るので」

「そうですね……普通くらいだと思いますよ」


 私はじっとシリルさんを見る。


「……その普通、信用できないんですよね」

「え?」


 さっき石を握り潰せると言った人の普通だ。


 シリルさんは一瞬きょとんとしたあと、くすくす笑った。


「じゃあ、少し多めでお願いします」

「はい。それが安心です」


 お昼は店を空けないよう、交代で食べることにした。私が先にさっと済ませ、そのあとシリルさんにも休憩してもらう。


 午後になっても、お客様は途切れ途切れにやってきた。


「こちらはどんな石鹸なんですか?」


 私はちょうど会計中で、商品を紙袋へ入れているところだった。


「定番のシャボンノアです。全身に使えますよ」


 シリルさんが答えた。


 思わず手が止まりそうになる。


 お客様はそのまま隣の商品プレートへ目を向けた。


「こちらは?」

「フィオラの香り付きです」

「ああ、なるほど」


 見本の石鹸を手に取り、香りを確かめる。


「いい香りですね」

「ありがとうございます」


 その様子を横目で見ながら、私は会計を続けた。


普通に接客してる……


 しばらくすると、今度は女性が二つの商品を見比べ始めた。


「どちらにしようか迷いますわ」


 するとシリルさんは、サンプルを置いている場所から小さな紙袋を取り出した。


「よかったら、こちらをどうぞ」

「これは?」

「サンプルです。ご自宅で試してから選んでいただけますよ」

「まあ、そんなことまで。ありがとうございます」


 女性は嬉しそうに受け取った。


 私は思わず手を止める。


そこまで覚えたの?


 いや、違う。


 覚えたんじゃない。


 見てたんだ。


 私の接客を。


 説明書を紙袋へ入れながら、そっとシリルさんを見る。


 家で石鹸を使っているとは聞いていたけど、それだけでもう普通に商品を説明しているし、お客様が迷えばサンプルを渡すところまで完璧だ。


半日だよ? 半日


 さすが……。


パーフェクトヒューマンシリルン……。

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