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名前を忘れた私ですが、たぶん異世界で石鹸屋をはじめます。〜いい人しかいないんですが、罠ですか?〜  作者: まの月


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63話 いつもの朝

63話


「じゃあ、開店の準備始めちゃいますね」


 私はエプロンを身につけた。


「僕は何をすればいいですか?」

「シリルさんは護衛ですから、そこにいてくださるだけで十分ですよ」

「分かりました」


 シリルさんは店内を見渡せる場所へ静かに立つ。私はいつものように窓を開け、棚の商品を整えながら開店の準備を進めていった。


 誰かが店の中にいる。


 それだけなのに、いつもの朝とは少し違う。でも、不思議と落ち着く。


 一通り店内の準備を終え、私は店の奥へ向かった。


「次は裏手へ行ってきますね」


 シリルさんも一歩踏み出しかけて、ふと立ち止まった。


「ノアさん、僕も一緒に行っていいですか?」

「もちろんですよ」

「石鹸を作っているところですよね。完成した石鹸は何度も見ていますけど、作っている場所はまだ見たことがないので、ちょっと興味があって」


 私は思わず笑った。


「見学なら大歓迎です。ただ、材料の分量や配合だけは企業秘密なので、そこだけ見えないようにしますね」

「もちろんです」


 二人で裏手へ向かう。


 作業場を抜けて乾燥室へ入ると、棚いっぱいに並ぶ石鹸を確認していく。今日店頭へ並べるものを選んで木箱へ移していくのが、毎朝の仕事だ。


「よし」


 木箱がいっぱいになり、私はいつものように抱えようと腰を落とした。


「それ、僕が持ちます」

「あ、大丈夫ですよ」

「これを店まで運べばいいんですよね?」


 そう言うと、シリルさんは木箱を軽々と持ち上げた。


「はい。でも結構重いですよ?」

「そうですか?」


 そのまま隣の木箱にも手を伸ばす。


「じゃあ、こっちも一緒に持っていきますね」

「えっ?」


 ひょい。


 さらにもう一箱。


「これくらいなら、一度で運べます」

「……」


 私なら十回くらい往復する量を、そのまま抱えて歩き出した。


 うそでしょ……。


 そんなにムッキムキには見えないのに、どうなってるの?


 この世界の筋肉は、前の世界と何か違うのだろうか。


 ぽかんとしている間に、シリルさんはそのまま店の中へ入ってしまった。


「あっ、待ってください!」


 慌てて追いかける。


「ここに置けばいいですか?」

「はい! ありがとうございます!」


 シリルさんは作業台へ木箱を丁寧に置いた。


 私は木箱より先に、シリルさんの手を見る。


「あの、シリルさんって握力どのくらいあるんですか?」

「握力ですか? 測ったことがないので分かりませんけど、僕くらいならそこら辺にいると思いますよ」

「えぇっ!? 絶対うそです! りんごとか握り潰せちゃうんじゃないですか?」


 シリルさんは少し考え込んだ。


「りんごですか……試したことはありませんね」


 さらに少し考えたあと、さらりと言った。


「石なら、その辺にあるものくらいは握り潰せると思います」

「石……」


 私はしばらく固まった。


 知らなかった。

 この世界の男性って、すごいんだな……。

アラボン「そんなわけねぇだろ」

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