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名前を忘れた私ですが、たぶん異世界で石鹸屋をはじめます。〜いい人しかいないんですが、罠ですか?〜  作者: まの月


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62話 お揃い

「おはようございます、ノアさん」


 宿の扉を開けた私は、思わず足を止めた。


「……え?」


 シリルさんが立っている。昨日別れたばかりなのに、もういる。


「お、おはようございます……」

「今日から護衛させていただきます」


 穏やかに微笑むと、シリルさんは私へ手を差し伸べた。


「さ、行きましょうか」

「え……っと、ライネルさんへの確認や、冒険者ギルドでの契約は、まだだったはずですが?」

「問題ありません。兄とは昨夜のうちに話がついています」

「えっ」


 もう!?


「それから、冒険者ギルドでの正式な契約ですが、本日のお昼からというお約束でした。その間にノアさんに何かあったら大変です。危険は契約の時間まで待ってはくれませんから」

「それは……そうですけど」

「ですので、それまでは自主的にお守りします。正式な護衛ではありませんので、ご安心ください」

「安心するところ、そこじゃないんですけど……」


 シリルさんは不思議そうに首をかしげる。本当に分かっていないらしい。


「さ、行きましょうか」


 もう一度、手を差し出される。


「いやいや! 大丈夫です! ちゃんと歩けますよ!」


 私は慌てて両手を振った。シリルさんは素直に手を引っ込める。


 ……なんかシュンとした?


 いや、気のせいよね。


 ◇


 二人で並んで歩き、シャボンノアへ到着する。


 私は鍵を開け、いつものように元気よく声を張った。


「おはよー! アラボン!」

「朝の恒例ですか?」

「はい! アラボンは、うちの大事な従業員ですから!」

「なるほど」


 シリルさんは真面目にうなずくと、店内へ向かって自然に言った。


「おはよう、アラボン」

「ふふっ。完璧な挨拶です」

「合格ですか」

「もちろんです!」


 私が胸を張ると、シリルさんも小さく笑った。


「あ、すみませんシリルさん。ちょっと着替えてきますね」

「はい、どうぞ」


 私はそう言って休憩スペースへ入り、扉を閉めた。


 いつものように制服へ着替えようとして、ふと手が止まる。


(……なんか、変な感じ)


 店の中にはシリルさんがいる。


 もちろん扉は閉まっているし、着替えているところが見えるわけでもない。それなのに、いつも一人で着替えている時とは少し違って、妙にそわそわする。


(いやいや、何を気にしてるの私)


 さっさと着替えよう。


 水色のワンピースに白いブラウス、黒いリボン。いつもより少しだけ急いで着替えて、髪も軽く整える。


 鏡を見てから、もう一度だけ息を整えた。


(よし)


 扉を開けて店内へ戻る。


「お待たせしました」


 そう言いながら顔を上げて、私は足を止めた。


「……あれ?」


 シリルさんがちょうど上着を脱いだところだった。


 白いシャツに黒いベスト、黒いスラックス。首元には細めの黒い蝶ネクタイ。


 店の中に立っていても、不思議なくらい違和感がない。


「あの、シリルさん。今日のお姿って、もしかして……」

「ああ。店頭へ立つこともあるかもしれないと思いまして。少しでもお店の雰囲気を壊さない服装がいいかと思ったんです」


 シリルさんは自分のベストへ視線を落とした。


「本当はノアさんの制服と同じような水色で合わせたかったのですが、手持ちになかったものですから。これなら問題ないでしょうか」


 少しだけ照れたように笑う。


 私はじっとシリルさんを見る。本当に、このまま接客していても何の違和感もない。


「問題ないどころじゃありません! まさか、そこまで気を遣ってくださるなんて!」


 改めて見ても、本当に格好いい。


 いや、格好いいなんてもんじゃない。


「今のお姿でも十分素敵です! 顔面の破壊力もすごいですし!」

「……破壊力?」


 しまった。


 また口が勝手に……!


「そうだ!」


 私はぱんっと手を叩いた。


「少し待っていてください!」


 返事も待たずに休憩スペースへ駆け込み、棚の引き出しから小さな布箱を取り出す。


「あった!」


 制服を作った時に残しておいた水色の端切れだ。きれいな部分を四角く切りそろえて、大切に折りたたんでおいたものを手に、私はすぐ店先へ戻った。


「ノアさん?」

「ちょっとだけ失礼しますね」


 シリルさんの胸元へ近づき、黒いベストのポケットへ水色の布をそっと差し込む。指先で形を整えてから、一歩下がった。


「うん!」


 黒いベストに、水色がよく映える。まるで最初からそういう制服だったみたいだ。


 私は満足そうに笑った。


「これで、お揃いですね」


 シリルさんは胸元へ手を添え、水色の布を見つめる。それから、ゆっくり私を見た。


「……ありがとうございます」


 その笑顔は、朝見たどの笑顔よりも優しかった。


 なんだか少し照れくさくなって、私も笑い返す。


「今日からシャボンノアの臨時制服です。護衛の間、つけてほしいです」

「はい。大切にします」


 その返事があまりにも自然で、私は思わず吹き出した。


 今日から護衛のはずなのに、なんだか一人従業員が増えたみたいだ。


目が合うと、にっこり微笑まれた。


(ヒィイ! 顔面兵器め!)

アラボン「こっちをみちゃいな」

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