60話 答えは出てるけど
「本日は、こちらで対応します。ノアさんは一度、宿へ戻って休んでください」
「でも……」
「今日は定休日ですよね。でしたら、休むことも予定のうちです」
そこまで言われると、もう何も言い返せなかった。
ヴィンスさんは机の上の書類をまとめながら、少し考えるように目を伏せる。
「それにしても、少々厄介なことになりましたね。その男が石鹸を作り、自分で売っていただけなら、もう少し単純だったのですが」
「仕入れてるって言ってましたもんね」
「ええ。となると、その先に誰がいるのか分かりません。作っている者が一人とは限りませんし、何人かで商品を流している可能性もあります」
露店のおじさん一人の問題ではないかもしれない。
私が思っていたより、ずっと大きな話になっているのだろうか。
そう考えた途端、また少し不安になってきた。
「ノアさん。しばらくの間、護衛を雇うことも考えてください」
「護衛……私にですか?」
思わず自分を指差す。
ヴィンスさんは真顔だった。どうやら本気らしい。
(でも、今回、私が勝手に話しかけたから……)
私が余計なことをしなければ、ここまで大事にはならなかったんじゃないだろうか。
「あの、すみません。こんなことになると思ってなくて……自分のことばっかり考えて、勝手に動いちゃって」
「それは違います」
ヴィンスさんはすぐに否定した。
「ノアさんが実際に確認したことで、販売者の先に別の人物がいる可能性まで分かりました。そこは大きな情報です。ただし、一人で近づいたこととは別の話です」
「……はい」
褒められたのか叱られたのか、よく分からない。
たぶん両方だ。
「僕が護衛をします」
隣から、はっきりとした声が聞こえた。
「え?」
顔を上げると、シリルさんがまっすぐこちらを見ている。
「しばらく新しい依頼は入れていませんし、今日この街へ戻ってきたばかりです。店の中にいても構わないなら、僕が護衛します。必要なら店の仕事も手伝いますよ」
「いや、でも……」
「それに、シャボンノアとは一緒に商品を作っている途中です。ノアさんに何かあれば、リーベル商会にとっても困ります」
そこまで一気に言われて、口を挟む隙がない。
「ですから、僕に任せてもらえませんか?」
ありがたい。
ものすごくありがたい。
シリルさんがいてくれるなら、これ以上心強いことはない。
ただ、一つだけ大問題がある。
「シリルさんって、かなり有名な冒険者なんですよね」
「そうみたいですね」
「そうみたいですね、じゃなくて……たぶん私、見合うだけのお金払えないですよ」
護衛の相場なんて知らない。
でも、商隊の護衛を任されるような人を何日も店へ置いておく金額が安いとは、とても思えなかった。
「そこは大丈夫です」
「いや、大丈夫じゃないです。お金の話ですよ?」
「兄が出します」
「え?」
「兄が払います」
さらっと、とんでもないことを言った。
「いやいや、ライネルさんに聞いてないですよね?」
「聞いてません」
「聞いてないんですか!?」
「でも、兄なら払います」
「なんでそんな自信満々なんですか」
本人の許可を取っていないのに、妙に堂々としている。
私は助けを求めるようにヴィンスさんを見る。
ヴィンスさんは、静かにお茶を飲んだ。
目が合わない。
絶対に関わらないつもりだ。
「ヴィンスさん?」
「ご兄弟の間でお決めになることかと」
「逃げましたね?」
「何のことでしょう」
この人も強い。
もう一度シリルさんを見ると、相変わらず穏やかな顔をしている。
「でも、本当に勝手に決めたらライネルさん怒りません?」
「その時は僕が怒られます」
「それでいいんですか?」
「ノアさんが一人で危ないことをするよりは」
返す言葉がなくなった。
護衛が必要だと言われた。
シリルさんはちょうど依頼を入れていない。
店の中にいてもいい。
仕事も手伝う。
費用は――なぜかライネルさんが払うらしい。
(ぐいぐい来る……!)
さっきまで優しく涙の跡を拭っていた人と、本当に同じ人なのだろうか。
シリルさんはにこにこしたまま、私の返事を待っていた。




