58話 太鼓の達人
ドンコッ、ドンコッ、ドンコッ、ドンコッ――。
ドンコッ、ドンコッ、ドンコッ、ドンコッ――。
(うるさっ!誰だ!このうるさい太鼓!!)
私だ。
私の心臓の音だ。
(音漏れしちゃう!)
ななななな、何事だ!
何が起きたのだ!?
シリルさんの親指が、私の目の下を優しくなぞった感触が、まだそこに残っている気がする。
涙の跡を拭ってくれただけ。
ただ、それだけなのに、どうして心臓がこんなにも騒いでいるのだろう。
(待って。この世界って、こんなに距離感が近いの!?)
分からない。
でも、たしかにエマさんとトムさんはよく抱き合っているし、リラとフィンさんも周りに人がいるのに平気な顔で頬へ口づけたりしている。
(でも、あれはなんか……海外映画を見てるような感覚だった!)
自分の身に同じようなことが起こるなんて、考えたこともなかった。
だがしかし!
私の隣に座るこのパーフェクトヒューマンボーイであれば、このくらいは日常茶飯事――いや、虫にさされそう! パチンって叩くくらいの反射!そう!無意識反射技巧!
(きっとそう!)
シリルさんにとっては、泣いている女性の顔に触れるくらい、特別なことではないのだ。
そう考えれば、こっちが勝手に意識する方が失礼というもの。
意識するなど、無礼旋盤。
違う!
(無礼千万!)
混乱しすぎて、言葉までおかしくなっている。
とにかく、一度忘れよう。
何か別のことを考えればいい。
(ええと、なんだったかな。そう! あの露店のおじさんの体臭を思い出そう)
汗と古い布と、少し酸化した油が混ざったような、なんとも言えない匂い。
「うっ……」
思い出した途端、本当に辺りまで臭くなったような気がして、小さく息を止める。
さっきまで暴れていた心臓は、一瞬でおとなしくなった。
ようやく私は、すんとした顔へ戻ることに成功する。
ここまで、およそ五秒。




