57話 ほどけた緊張からの緊張
「こちらへお掛けください」
相談室へ入ると、ヴィンスさんが向かい合うように置かれた椅子を示した。
「ありがとうございます」
私はシリルさんと並んで腰を下ろした。
商業ギルドの建物へ入り、周囲に職員がいる場所まで来たことで、さっきまで張りつめていた緊張もだいぶ和らいでいる。手の震えも、もうほとんど収まっていた。
けれど、私の顔を見たヴィンスさんが、わずかに眉を寄せる。
「お顔の色が優れませんね」
「え?」
「お話を伺う前に、何か飲み物をお持ちします。少しお待ちください」
「大丈夫です」と言いかけた時には、ヴィンスさんはすでに立ち上がっていた。
カチャッ、と扉が閉まり、相談室には私とシリルさんの二人だけが残される。
「そんなに顔色、悪いですかね」
自分の頬へ手を当てながら尋ねると、シリルさんがこちらを見た。
「そうですね。まだ少し顔色が悪いです。それに……」
「それに?」
シリルさんが少し身を寄せ、私の顔をのぞき込んだ。
急に距離が近くなり、思わず体が固まる。
次の瞬間、シリルさんの手がそっと頬へ触れた。親指が、目の下を優しくなぞる。
「へ?」
一瞬、何をされたのか分からなかった。触れられた場所が、少し遅れて熱を持つ。
「ふぇっ!?」
変な声が出た。
慌ててシリルさんを見る。
「な、な、何を……」
「涙の跡がついていました」
シリルさんは、何でもないことのように答えた。
「へぇあ?!」
今度はさらに変な声が出る。
涙の跡。それを取ってくれただけ。
分かっている。分かっているのに、心臓はさっき露店を見つけた時とはまったく別の意味で激しく鳴り始めた。
「じ、自分で取れますから!」
「もう取れましたよ」
シリルさんが、にこりと笑う。
その顔を見た瞬間、さらに顔が熱くなった。
何か言わなければと思うのに、うまい言葉が何一つ浮かばない。
その時だった。
カチャッ。
扉が開いた。
「お待たせしました」
お茶を載せた盆を持ったヴィンスさんが、部屋へ戻ってくる。
私は反射的に背筋を伸ばし、シリルさんから少しだけ距離を取った。
ヴィンスさんが、私とシリルさんを交互に見る。
「……ん?」
ほんの一瞬だけ、その視線が止まった。
何か思ったのかもしれない。
けれど、ヴィンスさんはすぐにいつもの仕事用の表情へ戻った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
何も見なかったことにしてくれたらしい。
ヴィンスさんは私たちの前へ、静かにお茶を差し出した。




