52話 すべき事を確実に
52話
「商業ギルドへ?」
「ああ。登録している商品の名を勝手に使って売っているとなれば、嬢ちゃん一人の問題じゃない。商業ギルドにも関わる話だ」
言われてみれば、その通りだった。
私はシャボンノアの商品を商業ギルドへ登録している。商品名や印を勝手に使われているのなら、正式に報告した方がいい。
「それに、少し費用はかかるだろうが、石鹸の中身も調べてもらえるかもしれん」
「中身まで分かるんですか?」
「ギルドが直接調べるのか、調べられる者を紹介してもらうのかは知らんがな。少なくとも、嬢ちゃん一人で悩むより話は早い」
「そうですね」
私はうなずいた。
すると親方が、休憩スペースの方へ目を向ける。
「それと、こんな時に言うのも何だが、試作品は使っておいてくれ」
「あ」
騒ぎですっかり頭から抜けていた。
「問題がないか確認してくれ。落ち着いたら結果を聞きに来る」
「分かりました。必ず試します」
「無理して急ぐ必要はないぞ。今は別のことで頭がいっぱいだろうからな」
「ありがとうございます」
親方から試作品を受け取り、壊さないよう両手でしっかりと抱える。
「さて、商業ギルドへは今から行くのか?」
「そうしようと思います」
「店は大丈夫か?」
店内を見回した。
先ほどの騒ぎの間に客足は途絶え、外の通りも少し落ち着いている。
「今日はもう店を閉めようと思います。今のまま営業を続けても、気持ちを切り替えられそうにありませんから」
「そうか」
入口へ向かい、閉店を知らせる札を扉へ掛ける。
戸締まりを確認して戻ると、親方はまだ帰らずに待っていた。
「親方?」
「行くぞ」
「一緒についてきてくださるんですか?」
「お前、その震える手で一人で行くつもりだったのか?」
「もう震えていませんよ」
「さっきまで震えていた。似たようなもんだ」
「でも、お仕事は大丈夫なんですか?」
「少しくらいなら構わん。それに、商業ギルドまで付き添うだけだ」
そう言うと、親方は先に店の扉へ向かった。
私は預かった石鹸と包み紙、それからリディアさんから聞いた内容を書き留めた紙を鞄へ入れる。
試作品は壊れないよう布で包み、店の奥へ置いておいた。
戸締まりを終え、親方と一緒に商業ギルドへ向かう。
道中、親方は必要以上に話しかけてこなかった。それでも、少し前を歩くその大きな背中が、今はとても心強く感じられた。
◇
商業ギルドへ到着すると、私は受付へ向かった。
「すみません。登録している商品について、ご相談したいことがあるのですが」
「シャボンノアのノアさんですね。どうされましたか?」
職員に尋ねられ、私は少しだけ声を落とした。
「店の商品名を使って販売されている、身に覚えのない石鹸が見つかりまして……詳しいことはこちらでお話ししても大丈夫でしょうか?」
職員の表情が変わった。
「少々お待ちください。担当の者を呼んでまいります」
「お願いします」
ほどなくして現れた担当者に案内され、親方と一緒に以前も使った別室へ入った。
扉が閉じたところで、これまでの経緯を改めて説明する。
シャボンノアの名で売られていた石鹸を使ったリディアさんの手に、赤みやかゆみが出たこと。
その石鹸は東側の市場に出ていた露店で購入されたもので、シャボンノアでは市場へ商品を卸していないこと。
そして、持ち込まれた石鹸は本物とは色も匂いも形も違い、包装にも店の帯や説明書がなかったこと。
話を聞くにつれ、担当者の表情が険しくなっていった。
私は店で書き留めた内容を見せ、リディアさんから預かった石鹸と包み紙も机の上へ出した。
「こちらは、登録されている商品とは明らかに異なりますね」
担当者は、登録時の資料と見比べながら言った。
「ただ、何を使って作られた物なのかについては、詳しく調べる必要があります」
「調べていただくことはできますか?」
「可能です。費用はかかりますが、使われている油や混ぜられた物について、ある程度は分かると思います」
「お願いします」
迷う理由はなかった。
「それから、シャボンノアの名を使った販売についても、正式な報告として受理します。販売者が特定できれば、ギルドからも対応します」
「ありがとうございます」
「東側の市場については、こちらからも確認します。ただ、露店は毎日同じ場所にいるとは限りません」
「はい。私も一度、見に行ってみようと思います」
「見に行くだけにしてください。もし販売者を見つけても、一人で声をかけることは避け、まずギルドへ知らせてください」
「分かりました」
必要な手続きを済ませ、調査にかかる費用を支払った。
結果が出るまでには、数日かかるらしい。
商業ギルドを出ると、親方が腕を組みながら空を見上げた。
「これで、ひとまずやれることはやったな」
「はい」
「東の市場へ行くつもりか?」
「少しだけ見ておきたいです」
「なら、わしも市場の入口までは行こう」
「そこまでしていただかなくても」
「ここまで来たんだ。ついでだ」
親方の言葉に甘え、私たちはそのまま東側の市場へ向かった。
◇
市場には、野菜や肉、布や小物を扱う露店がずらりと並んでいた。
呼び込みの声があちこちから飛び交い、大勢の人で賑わっている。
私は人の流れに沿って歩きながら、一軒ずつ露店を見ていった。けれど、石鹸を売っている店は見当たらない。
リディアさんが話していた、人通りの多い場所にも足を運んでみた。
そこには別の商人が布を広げ、安い食器を並べているだけだった。
「いませんね」
「ああ」
「今日は休みなんでしょうか」
「それとも、毎日場所を変えているのかもしれんな」
親方の声が低くなる。
私は周囲を見回した。
これだけ人が多ければ、顔を隠したまま商売をしていても紛れてしまう。一日だけここで売り、次の日には別の場所へ移ることだってできるだろう。
「また来るしかありませんね」
「ああ。だが、ギルドに言われた通り、一人で声をかけるなよ」
「分かっています」
「本当か?」
「分かっていますってば」
そう答えながら、もう一度市場を見渡す。
今日、石鹸を売っている者はいなかった。
でも、ここでシャボンノアの名を使った石鹸が売られていたことは確かだ。
本物のアラボン石鹸に似せた形で、中身はまったく違う物。
どこの誰が作り、何のためにシャボンノアの名前を使ったのか。
まだ何も分からない。
ただ、このまま放っておくことはできない。
それだけは、はっきりしていた。




