50話 待ちわびた物
シリルさんが護衛の仕事で街を離れてから、しばらくが経った。
「ありがとうございました!」
会計を終えた商品を手渡すと、お客さんは満足そうな笑顔を浮かべて店を出ていった。
軽く頭を下げて見送り、少なくなった商品を棚へ補充していく。
定番のシャボンノアに、香りをつけたフィオラ。それから足用石鹸。
どの商品も少しずつ馴染みのお客さんが増え、棚へ並べた包みは気づけば数を減らしている。
作っても作っても、すぐに売れていくなぁ。
忙しいのは大変だけれど、それ以上に嬉しい。石鹸を気に入り、何度も買いに来てくれるお客さんも増えてきた。
店の中には、まだ何人かのお客さんが残っている。手前の見本を確かめながら商品を選ぶ人や、フィオラの香りを確かめながら迷っている人。
そんな店内を眺めていた時、扉が勢いよく開いた。
カランカラン――
「嬢ちゃん、できたぞ!」
「いらっしゃいま――親方!」
入ってきたのは、陶器職人の親方だった。
両腕には、布で包まれた大きな荷物を抱えている。
「親方が直接来てくださったんですか?」
「ああ。もう早く見せたくてな。わしが持ってきた方が早いと思って、そのまま来ちまった」
親方は少し得意そうに、抱えている荷物を持ち上げた。
中に何が入っているのかは、聞かなくても分かる。
待ちに待っていた、液体石鹸を入れるための容器だ。
今すぐにでも布を外して、中を確認したい。でも、店内にはまだお客さんが残っている。
完成前の物をここで広げるわけにはいかない。
「親方、ごめんなさい。少しだけ休憩スペースで待っていてもらってもいいですか?」
「ああ。まだ客がいるもんな」
「すぐに行きますので」
親方を店の奥にある休憩スペースへ案内すると、荷物を机の上へ置き、近くの椅子へ腰を下ろした。
「急がなくていいぞ。商売を優先しろ」
「ありがとうございます」
本当はすぐにでも見たい。
布の中身が気になって仕方がない。
それでもどうにか気持ちを抑えて、店内へ戻った。
お客さんの商品選びを手伝い、会計を済ませ、一人ずつ見送っていく。
最後のお客さんが店を出ると、店内にほかの人がいないことを確かめ、急いで休憩スペースへ向かった。
「親方、お待たせしました!」
「ずいぶん目を輝かせてるな」
「だって、ずっと待っていたんですから!」
隠そうとしても無理だった。早く見せてほしいという気持ちが、そのまま顔に出ているらしい。
親方は楽しそうに笑うと、机の上の荷物へ手をかけた。
「まだ完璧かどうかは分からんがな。ひとまず形にはなった。確認してくれ」
「はい!」
巻かれていた布が、ゆっくりと外されていく。
中から現れたのは、淡い白色の陶器で作られた容器だった。
「おお……!」
思わず声が漏れる。
丸みのある縦長の容器で、上には液体を補充するための蓋がついている。下の部分には小さな出口があり、そのそばには指で押し上げるための部品が取りつけられていた。
私が以前、親方に説明した形だ。
決して上手とは言えない、紙の上の絵。
それが本当に形になっている。
「中に入れたもんが、この口から出るようにしてある。ここを押し上げてみろ」
「こうですか?」
言われた通り、指で部品を押し上げる。
カチッと小さな音がした。
「押している間だけ、中のもんが出る仕組みだ。ただ、入れる液体に粘りがありすぎると詰まるかもしれん」
「中に入れるものは、もう少しさらっとさせる予定なので、たぶん大丈夫だと思います」
「なら、実際に入れて確認するしかねぇな」
「はい」
容器を両手で持ち上げる。
見た目より少し重いけれど、持ちにくいほどではない。大きさも、以前に打ち合わせた通りだった。
「形はこれでどうだ?」
「いいと思います。大きさもちょうどいいですし、蓋も開けやすそうです」
「口の太さは?」
「そこは中身を入れてみないと、まだ分かりませんね。一度に出すぎない方が使いやすいので」
「そうだな」
親方は容器を受け取ると、裏側を私へ向けた。
「壁へ取りつけるための部分も作ってある。ただ、中身をいっぱいまで入れた時の重さに耐えられるかは、実際に使って確認しねぇと分からん」
裏側には、壁へ固定するための穴と、それを支える土台がついている。
かなりしっかり作られていた。
「まずは私が使ってみます」
「その方がいいだろうな」
「しばらく使って、漏れたり壊れたりしないか確認します。中身の出る量も調整しないといけませんし」
形になったからといって、いきなり宿へ取りつけるわけにはいかない。
まずは自分で使ってみる。
問題なく使えると分かってから、宿でいろいろな人に試してもらう方がいい。
「これで問題がなけりゃ、次は絵付けと細かい仕上げだな」
「ここに店の名前と、アラボンが入るんですね」
「ああ。前に打ち合わせた通りに仕上げる」
真っ白な陶器の表面を見つめた。
ここにシャボンノアの名前が入り、アラボンの顔が加わる。
まだ何も入っていないのに、完成した姿が目に浮かぶようだった。
きっと、すごくかわいくなる。
中へ入れる液体石鹸も、何度も改良を重ねてきた。最初の頃より泡立ちもよくなり、洗ったあとの髪もきしみにくくなっている。
この容器が問題なく使えれば、新しい商品としての完成へ大きく近づく。
「数日使ってみて、結果をお伝えします」
「ああ。何か問題が起きたら、隠さずそのまま持ってこいよ」
「もちろんです」
「割れたからって、こっそり捨てるなよ。どこが悪かったのか確認できなくなるからな」
「そんなことしませんよ」
「嬢ちゃんなら、売り物にならんと分かった瞬間に、土へ埋めそうだからな」
「親方は私を何だと思っているんですか?」
「商売のためなら何でもする嬢ちゃんだ」
「否定しにくい言い方をしないでください」
親方が声を上げて笑う。
私も笑いながら、もう一度容器を手に取った。
これが完成すれば、髪を洗うための商品を店へ並べることができる。
宿へ取りつければ、実際に使ってもらうこともできるだろう。使って気に入った人が、店へ買いに来てくれるかもしれない。
容器も一緒に売れるようになったら、棚を増やさないと。
石鹸だけでなく、髪を洗うための商品と専用の容器。
そのうち、洗ったあとの髪を整えるための商品も作りたい。
考え始めると、次々に新しい商品が頭に浮かんでくる。
その時だった。
カランカラン――
店の扉が開く音がした。
「あ、お客さんだ」
容器を親方へ預け、急いで休憩スペースから店内へ出る。
「いらっしゃいませ」
笑顔を浮かべながら入口へ目を向ける。
けれど、入ってきた女性の顔を見た瞬間、わずかに動きが止まった。
三十代くらいだろうか。
女性は口を固く結び、眉間に深いしわを寄せている。
店内の商品には目も向けず、まっすぐこちらへ歩いてきた。
その片手には、乱暴に布で包まれた小さな何かが握られている。
女性は私の前まで来ると、低い声で尋ねた。
「あなたが、この店の店主?」
「はい、そうですが……」
次の瞬間、手にしていた包みが会計台の上へ置かれた。
「どういうことか、説明してもらえるかしら」
険しい声が、店内に響いた。




