49話 知らなかった一面
最近、よく聞かれることがある。
「こちらのぬいぐるみは、売っているんですか?」
お客さんが指差す先には、棚の上に座るアラボン。
「申し訳ありません。こちらは非売品なんです」
「そうなんですか。かわいいのに」
「うちの従業員なので」
真面目な顔で答えると、お客さんは一瞬きょとんとしてから笑った。
「従業員?」
「はい」
もう一度アラボンへ目を向けたお客さんが、ふふっと笑う。
「それは売れないわね」
「はい。大切な仲間です」
◇
そんなある日、シリルさんが店へ顔を出した。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、シリルさん」
店内にお客さんがいないことを確認すると、シリルさんは棚に並ぶ石鹸を眺めながら口を開いた。
「容器の試作品ですが、もうすぐ一つ目が完成するそうです」
「本当ですか?」
思わず身を乗り出す。
「親方が、あと少しだと言っていました」
「やったぁ」
紙の上にしかなかった物が、いよいよ形になる。そう思うだけで、胸が弾んだ。
「完成したら、すぐに見に行ってもいいですか?」
「もちろんです。確認できる状態になれば、親方か兄から連絡が来ると思います」
「楽しみだなぁ」
頬が緩むと、シリルさんも柔らかく笑った。
それから、何かを思い出したように続ける。
「ただ、僕は明日からしばらく街を離れます」
「どこかへ行くんですか?」
「隣町まで商隊の護衛をします。戻るまで、何日かかかると思います」
「護衛?」
思わず目を瞬かせた。
「シリルさん、護衛のお仕事もするんですね」
「冒険者の仕事では、珍しくありませんよ」
「そうなんですか?」
魔物を倒したり、依頼された物を採りに行ったり。冒険者の仕事と聞いて、私が思い浮かべていたのはそのくらいだった。
人や荷物を守りながら街の外を移動する仕事まであるとは知らなかった。
「では、試作品が完成しても、シリルさんはいないかもしれないんですね」
「そうなるかもしれません。その時は兄か親方が対応します」
「分かりました。気をつけて行ってきてください」
「ありがとうございます」
シリルさんは軽く頭を下げると、店をあとにした。
◇
その日の夕食時。
シリルさんが商隊の護衛へ行くことを話すと、トムさんが驚いたように顔を上げた。
「シリルが護衛に出るのか」
「え? トムさん、シリルさんのこと知ってたんですか?」
「ああ。直接しゃべったのは、この前のギルドでの契約の時が初めてだったがな」
トムさんはそう言ってから、少し意外そうに私を見る。
「この街で冒険者をしているなら、知らない奴の方が少ないだろう」
どうやらシリルさんは、この街ではかなり有名な冒険者らしい。
依頼の達成率も高く、剣の腕も確か。魔物を相手にしても滅多なことでは遅れを取らず、護衛の依頼では、シリルさんが加わると聞けば商人たちが安心するほどなのだという。
「へぇ、そうなんだ!」
私の感想は、それで終わった。
この世界へ来る前も、来てからも、誰かが本気で戦うところなんて見たことがない。剣の腕が立つと言われても、どのくらいすごいのか比べるものがないのだ。
強いらしい。
しかも、恐ろしく強いらしい。
そう聞いても、いまいち実感が湧かない。
でも、よく考えてみれば。
イケメンで、紳士で、さらに強い。
「なんかの主人公みたいだなぁ」
ぽつりと呟くと、エマさんが笑った。
「実際、若い娘たちには随分人気があるらしいよ」
「人気?」
「シリル目当てに冒険者ギルドへ顔を出す娘もいるって話だ」
トムさんの言葉に、すぐ納得した。
「そりゃそうか」
あの顔面だもんな。
納得するしかない。
この世界は、基本的に美形が多いと私は思っている。
リラだって、この世界へ来る前の感覚で言えば、アイドルになれそうなくらいかわいい。街を歩いているだけでも、思わず振り返りたくなるような人が普通にいる。
もはや一般人を一般人と呼んでいいのか分からない。
シリルさんとは、たまたま仕事を通じて話す機会が増えた。最近では、一緒に歩きながら世間話をすることもある。
でも、ふとした瞬間に思うのだ。
やっぱり、ものすごく顔がいい。
最近では見慣れたはずなのに、改めて見るとびっくりするくらい整っている。
「すごいなぁ……」
何がどうすごいのかは、もう考えないことにした。
シリルさんは、そういう人なのだ。
◇
翌日。
店内を掃除していた私は、棚の上に置かれたアラボンへ目を向けた。
淡い水色のころんとした体に、丸いお腹。小さな手には、ふわふわの泡を抱えている。
見ているだけで、口元がへにゃりと緩んだ。
「あー、癒やされる」
美男美女は多い。
でも、癒やし系は少ないのだ。
アラボンをそっと抱き上げ、頬を寄せる。
やっぱり、シャボンノアにはこの子が必要だ。
今の私には、ふわふわで柔らかなアラボンの方が、ずっと身近で落ち着く存在だった。
アラボン「よんだ?」




