48話 大きな荷物
うん、テンション高めの回やし、このくらい弾け それから何日かが過ぎた、ある日。
昼が近づいた頃、シャボンノアの扉の鈴が鳴った。
カランカラン。
「ノアー、パン持ってきたよー」
「ありがとう、リラ」
元気な声と共に入ってきたリラを笑顔で迎える。
いつものように昼食の入った紙袋を片手に持っているけれど、今日はそれだけではなかった。
肩には、普段よりずいぶん膨らんだ鞄を掛けている。何か大きな物が入っているらしく、形も少しいびつだ。
「今日はなんだか大荷物だね」
鞄へ目を向けると、リラは待っていましたとばかりに笑った。
「ふふっ、なんだと思う?」
「え? 何か買ったの?」
「買ったものじゃないんだなー」
「えっ、なんだろ」
私は鞄の周りをぐるりと見る。布でも入っているのだろうか。それともパンとは別に、何か食べ物を持ってきてくれたとか。
「ヒントはねー」
リラがもったいぶるように声を伸ばした、その時。
カランカラン。
再び扉の鈴が鳴った。
「あっ」
「いらっしゃいませ」
反射的に姿勢を正し、店へ入ってきたお客様を笑顔で迎える。
いつも来てくれる常連のお客様だ。
店内を見て回り、手前に置かれた見本の石鹸を確かめると、棚に積まれた蝋引き紙包みの中から一つを手に取って、そのまま会計へ持ってくる。
「こちらですね」
「ええ、お願い」
「ありがとうございます」
商品を受け取り、説明書と一緒に手提げ袋へ入れる。
いつも通りの接客。
いつも通りの笑顔。
でも、どうしてもリラの鞄が気になる。
ちらりと視線を向けると、店の端に立ったリラが鞄を抱えながらにやにやしていた。私と目が合うと、さらに口元を緩める。
絶対わざとだ……。
「お待たせしました」
「ありがとう」
「いつもありがとうございます」
商品を渡し、扉まで見送る。
カランカラン。
扉が閉まった瞬間、勢いよくリラを振り返った。
「なんでそんなににやにやしてるの?」
「えー、どうしよっかなー」
「さっきヒント言いかけたでしょ?」
「そうだったっけ?」
「そうだったよ!」
「どうしよっかなー」
「リラ!」
詰め寄ると、リラはとうとう我慢できなくなったらしい。
「えーい、もう我慢できない! ノア、プレゼント!」
肩から鞄を下ろし、勢いよく口を開ける。
そして中から、淡い水色の物体を取り出した。
子犬ほどの大きさで、ころんと丸い体に小さな耳と短い手足。白いお腹と口元に、両手にはふわふわの泡を抱えている。
私の目が大きく見開かれた。
「……アラボン?」
「そう! アラボン!」
「アラボーーーン!」
店内に、自分でも驚くほど大きな声が響いた。
「うそー! なにこれーーー! かわいい! 可愛いの大洪水!」
「気に入った?」
「気に入るに決まってるでしょ!」
両手を伸ばしかけて、はっと止まる。
大切そうに作られている。
勢いのまま触ってしまっていいのか、急に不安になった。
「どうしたの?」
「触れさせていただいてもよろしいでしょうか?」
急にかしこまった私を見て、リラが吹き出した。
「これはプレゼントだから、思う存分どうぞ!」
「プレゼント?」
「うん。ノアに」
もう一度、目の前のアラボンを見る。
絵の中にしかいなかった子が、今はちゃんと立体になっている。
ふっくらした頬に、少し不揃いな耳。丸い手の中に抱えた白い泡。
丁寧に縫われているのに、どこか手作りらしい温かさがあった。
「どうしたの、これ?」
「前にイラストもらったでしょ? あれを見ながら、お母さんと一緒に作ったの」
私はアラボンとリラを交互に見た。
「天才では?」
「間違いなく」
リラが真面目な顔でうなずく。
一瞬の沈黙のあと、二人で顔を見合わせて同時に吹き出した。
「じゃあ……失礼します」
改めて両手を伸ばす。
指先が、アラボンの体へ触れた。
ふわっ。
想像していたより、ずっと柔らかい。
そのまま、そっと抱き寄せる。
「かわいい……」
さらに少しだけ力を込める。
「……幸せすぎる」
アラボンへ頬を押しつけたまま、しばらく動けなくなった。
「ノア、潰さないでね」
「無理かもしれない」
「困るよ」
「だって、ふわふわなんだもん」
名残惜しく思いながら、ほんの少しだけ腕の力を緩める。
でも、アラボンを手放す気はまったくない。
「本当に、ありがとう」
ようやく顔を上げて、リラを見る。
「こんなに素敵なものを作ってくれるなんて思わなかった」
「お母さんも楽しかったって」
「今度、ちゃんとお礼を言いに行く」
「うん。喜ぶと思う」
もう一度、腕の中のアラボンを見つめる。
「リラもありがとう。すごく嬉しい」
今度はふざけずに伝えると、リラは少し照れたように笑った。
「どういたしまして」
私はアラボンを抱えたまま、店内を見回した。
どこへ置けば一番かわいく見えるだろう。
棚の上。会計の横。窓辺。
考え始めると、候補が次々に浮かんでくる。
「忙しくなるよ、アラボン」
「何させるの?」
「お店の顔として働いてもらうの」
「ぬいぐるみなのに?」
「立ってるだけで立派な仕事です」
真剣な顔で言い切り、ふと思いついてアラボンを抱き上げる。
「あなたをシャボンノアの従業員第一号に任命します」
「第一号?」
「うん。これからたくさん働いてもらう予定」
リラは堪えきれずに笑った。
「ノア、ほんとにアラボン好きだね」
「当たり前でしょ。私が生み出したんだから」
「作ったのは私とお母さんだけどね」
「そこは本当にありがとうございます」
もう一度きちんと頭を下げると、リラは満足そうにうなずいた。
その日、シャボンノアに新しい仲間が加わった。
淡い水色の体で、ふわふわの泡を抱えた小さな従業員。
その名は、アラボン。
私はしばらくの間、昼食のパンよりもアラボンを抱き締めることを優先していた。




