47話 職人たちへ
親方とライネルさんを工房に残し、私はシリルさんと一緒に職人街を歩いていた。
最初に向かうのは、容器の栓や棒、壁へ固定する金具を作る金属職人の工房だ。通りには金槌の音が響き、焼けた金属と炭の匂いが漂っている。
しばらく歩いたところで、シリルさんが口を開いた。
「先ほどは、兄がすみませんでした」
「親方を止められなかったことですか?」
「いえ、商業ギルドで余計なことを聞いた件です」
一瞬考えて、恋人について尋ねられた時のことを思い出した。
「ああ、あれですか」
「兄は悪気があるわけではないんですが、時々いきなり踏み込んだことを聞くので」
「気にしてませんよ。でも、トムさんにはびっくりしましたけど」
「僕もです」
「あんなことを言う人だと思ってなくて」
「大切にされているんですね」
シリルさんの声は、どこか穏やかだった。
少し照れながらうなずく。
「エマさんとトムさんは、家族みたいな人なので」
「それなら、あれくらい心配するのも分かります」
「シリルさん、あの時ちょっと姿勢が良くなってましたよね」
「気のせいです」
「本当ですか?」
「そういうことにしておいてください」
困ったように言うシリルさんがおかしくて、小さく笑った。
「ライネルさんは、そういう話が好きなんですか?」
「兄は結婚していて、夫婦仲もいいんです」
「それで、人のことまで気になるんですね」
「本人が幸せなので、周りにも同じような話を聞きたくなるのかもしれません」
「なるほど」
あの余裕のある態度にも、少し納得できた。ライネルさんにとっては深刻な質問ではなく、ただの世間話だったのだろう。
少し歩いてから、ふと隣を見上げる。
「そういえば、シリルさんっておいくつなんですか?」
「二十三です」
「えっ」
思わず声が出た。シリルさんがこちらを見る。
「もっと年上に見えましたか?」
「いえ、年齢のことを考えたことがなかったので」
正直に答えると、シリルさんはわずかに目を細めた。
「そうですか」
「でも、すごく落ち着いてますよね」
「冒険者をしていると、慌ててはいけない場面が多いので」
「私は二十歳なので、三つ上ですね」
「思っていたより近いですね」
「ですね」
もっと年上に見えていたというより、そもそも年齢を意識したことがなかった。
けれど三つ違いだと分かると、なんとなく少しだけ身近に感じた。
「着きました」
シリルさんが足を止める。
目の前には、厚い木の扉がついた工房があった。中からは金属を叩く鋭い音が絶え間なく響いている。
シリルさんが扉を開けると、熱気が一気に流れ出してきた。炉の前では、腕の太い職人が赤く熱した金属を打っている。
「こんにちは」
声をかけると、職人は手を止めて顔を上げた。
「おう、シリルか。今日は何だ」
「新しい容器に使う部品をお願いしたくて来ました」
「部品?」
シリルさんに紹介され、私は容器の栓や押し上げる棒、それから壁へ固定する金具が必要になることを説明した。
細かな寸法については、親方が改めて図面を持ってくること。試作品を作りながら栓の重さや棒の長さを調整し、場合によっては何度か作り直すことになるかもしれないことも伝える。
「ずいぶん細かい仕事になりそうだな」
「お願いします」
頭を下げると、職人は腕を組んだ。
「親方から図面が届いたら見てみる。面白そうなら、こっちも本気でやるさ」
「面白そうなら、なんですね」
「職人は面白い物に弱いんだ」
親方と同じようなことを言うので、思わず笑ってしまった。
金属工房を出たあと、今度は絵付け職人の店へ向かう。
こちらの通りには、色鮮やかな皿や壺が並んでいた。店へ入ると、細い筆を持った女性が器へ模様を描いている。
私は鞄から、シャボンノアの文字とアラボンの図案を取り出した。
「すべての容器に、この名前を入れたいんです」
「シャボンノアね」
職人は紙を受け取り、文字の形を確かめる。
「はい。それから、うちのお店だけで販売する物には、アラボンを入れたものも作りたいんです」
次にアラボンの図案を差し出すと、職人はしばらく黙って眺めた。
「変わった動物ね」
「アラボンです」
「何の動物?」
「アラボンという生き物です」
隣で、シリルさんが小さく笑った。すぐに横を見る。
「何かおかしいですか?」
「いえ。今は何も聞きません」
「またそれですか」
絵付け職人は私たちのやり取りを不思議そうに見たあと、もう一度図案へ視線を戻した。
「これを全部、手で描くの?」
「同じ絵を何度も入れたいので、印のような物を作れませんか?」
柔らかい土へ型を押して同じ図柄をつけ、そこへ色を入れる。そうすれば、一つずつ手で描かなくても同じ形にできるのではないか。
私が説明すると、職人は小さくうなずいた。
「できなくはないけど、このままでは線が細かすぎるわね」
「簡単にした方がいいですか?」
「そうね。全身を細かく入れるより、顔だけにした方が分かりやすいと思う」
私は図案へ目を落とす。
小さな耳に、つぶらな瞳。ちょこんとした鼻と、ふっくらした頬。
「じゃあ、顔だけにしましょう。アラボンらしさが残るようにしたいです」
「それなら、耳と目、輪郭を残して、線を少し太くした方がいいわね」
「お願いします」
図案を見ながら、残したい部分を一つずつ相談していく。
どれもなくしたくはないけれど、すべてを細かく入れれば型が作りにくくなる。何度か話し合い、まずは小さな試し型を作ってもらうことになった。
二軒への挨拶を終える頃には、昼を大きく過ぎていた。
職人街の入り口まで戻り、私はシリルさんへ頭を下げる。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、お疲れさまでした」
「私は一度、店へ戻ります」
「今日は定休日ですよね?」
「はい。でも、少し石鹸を仕込んでおきたくて」
シリルさんの口元が、わずかに緩んだ。
「本当に石鹸が恋人なんですね」
言葉に詰まる。
「もう、その話は忘れてください」
「努力します」
「絶対に忘れる気がない返事ですよね」
「どうでしょう」
平然と答えるシリルさんを見て、呆れながらも笑ってしまった。
「試作品ができたら、こちらからご連絡します」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
「きっと親方の方が、誰より早く知らせたがると思いますが」
「あの勢いなら、完成前に呼ばれそうですね」
「あり得ます」
二人で顔を見合わせ、また笑った。
契約は終わった。必要な職人への挨拶も済んだ。
あとは、それぞれの技術が一つにつながり、紙の上にしかなかった容器が形になっていくのを待つだけだ。
「では、また」
「はい。いろいろとありがとうございました!」
シリルさんと別れ、私はシャボンノアへ向かって歩き出した。
鞄の中には契約書があり、頭の中には完成した容器の姿がある。
まだ何もできていない。それでも、確実に一歩ずつ前へ進んでいる。
そう思うと、店へ向かう足取りは自然と軽くなった。




