39話 探しもの
アラボンが誕生してから数日。
私は店の奥にある作業場で、机の上に置いた透明な瓶をじっと見つめていた。
中に入っているのは、淡い乳白色の液体。以前から何度も作り直してきた、髪を洗うための液体石鹸だ。
今までの石鹸でも髪は洗えるけれど、髪用として使うなら、もう少し指通りや洗い上がりをよくしたい。洗ったあとにオイルを使えば整えやすくなるけれど、毎回それを前提にするより、石鹸だけでももう少し扱いやすくできないかと思っていた。
そこで私は、何度も材料の配合を調整してきた。
「うん。前よりずっといい」
指先に少量を取り、感触を確かめる。泡立ちも悪くないし、香りも強すぎず、洗ったあとにほんのり残る程度だ。
これなら商品にできそう。
できそうなのだけれど――。
「問題は、入れ物なんだよねぇ」
机に並べた瓶を眺める。
口の広い瓶では一度にたくさん出てしまうし、細口なら量は調整できても、とろみのある液体は出しづらい。それに、濡れた手で蓋を開けたり瓶を持ったりするのも少し危ない。
「押したら、少しずつ出てくるような……」
ふと、どこかで使ったことのある容器が頭に浮かんだ。
上についている部分を押すと、中の液体がぷしゅっと出てくるもの。
「あれ、どういう仕組みだったんだろう」
使い方は覚えているのに、中がどうなっているのかはさっぱり分からない。どうして液体が上まで上がってくるのかも説明できなかった。
「……難しそう」
さすがに、仕組みも分からないものを職人さんに説明するのは難しい。
そう考えているうちに、今度は別の形がぼんやりと浮かんだ。
「そういえば、下から出るのもあったような……」
容器の下についた部分を押すと、中の液体が少しずつ出てくるもの。上から押すものより、こっちのほうが仕組みは単純そうに見える。
「まあ、どっちにしても探しに行ってみようかな」
似たような物がすでにあるかもしれないし、なければ職人さんに相談すればいい。
そう決めると、その日は昼までで店を閉めることにした。扉の前に早仕舞いを知らせる札を出し、試作品の瓶をかごへ入れて職人街へ向かう。
まず訪れたのは、以前石鹸皿を購入した陶器屋だった。
「液体を入れる容器ですか」
「はい。使う分だけ、少しずつ出せる物を探してるんです」
店主は私の話を聞き、棚から細長い陶器の瓶を取り出した。
「こういう物ならありますが」
「うーん……できれば、傾けずに使えるものがいいんです」
「傾けずに、ですか?」
「はい。どこかを押したら、下から少しずつ出てくるような……」
「それは聞いたことがありませんねぇ」
店主は難しそうに眉を寄せた。
次に訪れたガラス屋でも、返事はほとんど同じだった。蓋つきの瓶に細口の瓶、小さな取っ手がついたものまでいろいろ見せてもらったけれど、どれも液体石鹸を入れることはできても、私が欲しいものとは少し違う。
三軒目の店を出る頃には、日差しも少し傾き始めていた。
「やっぱり、ないかぁ」
通りの端へ寄り、ため息をつく。
でも、最初から存在しないと決まったわけじゃない。もう少し探せば似た仕組みの物が見つかるかもしれないし、作れる職人さんだっているかもしれない。
「どこかにいないかなぁ」
そう呟きながら顔を上げると、通りの向こうに見覚えのある銀髪が見えた。
「……あ」
思わず目を細める。
あれは――イケメンさんだ。
隣には、彼より少し年上に見える男性もいる。二人は商会らしき建物から出てきたところのようだった。
先に私へ気づいたのは、イケメンさんのほうだった。
「ノアさん」
「えっ」
普通に名前を呼ばれて、一瞬固まる。
……あれ? 私、この人に名前を名乗ったっけ。
記憶をたどってみるけれど、ちゃんと自己紹介をした覚えはない。
そこでふと、自分の店の名前を思い出した。
――シャボンノア。
そういえば、思いっきり名前を出していた。
「……そりゃ分かるか」
小さく呟いてから、改めて彼を見る。
「えっと……」
呼びかけようとして、言葉が止まった。
名前を知らない。
私の様子を見た彼はすぐに察したらしく、やわらかく笑った。
「シリルと申します」
「シリルさん」
「はい」
ようやく名前を知れた。
何度も顔を合わせていたのに、今さらという気もして、なんだか少しおかしい。
「改めて、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そんな私たちを見ていた男性が、不思議そうに二人を見比べた。
「知り合いかい?」
「ええ。シャボンノアという石鹸店の方です」
シリルさんはそう答えてから、隣の男性へ手を向けた。
「こちらは兄です。今日は仕事で一緒に商会を回っていました」
「初めまして」
お兄さんは穏やかな笑みを浮かべた。
「シリルから石鹸のお店の話は聞いています。一人で始められたそうですね」
「はい。いろんな人に助けてもらいながらですけど」
「それでも大したものですよ」
「ありがとうございます」
少し照れくさくなって笑うと、シリルさんの視線が私の持っているかごへ向いた。
「今日はお店ではないんですか?」
「今日はお昼で閉めたんです。ちょっと探している物があって」
「探している物?」
「液体石鹸を入れる容器です。髪を洗うためのものを作ってるんですけど、今ある瓶だと少し使いにくくて」
すると、お兄さんが興味深そうにかごの中をのぞいた。
「髪を洗うための、液体の石鹸?」
「はい」
「今ある石鹸とは違うんですか?」
「髪用に配合を少し変えてるんです。もう少し使いやすくできたらいいなと思って」
聞かれた途端、つい説明したくなってしまう。
「それは面白い」
さっきまでの穏やかな雰囲気から少し変わり、お兄さんの目に商人らしい興味が浮かんだ。
「それで、どんな容器を探しているんです?」
私は身振りを交えながら説明した。濡れた手でも扱いやすく、容器を大きく傾けなくても使えること。一度にたくさん出るのではなく、必要な分だけ少しずつ出せること。
「本当は、上から押すと液体が出てくるものを思い浮かべたんですけど、どういう仕組みなのか全然分からなくて。下から出すものなら、もう少し単純に作れないかなって」
「なるほど」
お兄さんは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「完成品は、おそらくないでしょうね」
「やっぱり……」
思わず肩を落としかけた、その時。
「ですが、作れそうな職人なら心当たりがあります」
勢いよく顔を上げる。
「本当ですか?」




