37話 忙しくて幸せな毎日
シャボンノアを開いて、四か月が過ぎた。
毎日が、本当にあっという間だった。
朝は宿で朝食を済ませると、そのままお店へ向かう。店の裏手には石鹸を作る作業場と、材料を保管する倉庫があり、最初はがらんとしていたそこも、今では材料や乾燥を待つ石鹸が並び、すっかり仕事場らしい景色になってきた。
その光景を見るたびに、自然と笑みがこぼれる。
幸せだな。
そう思った、その時だった。
ぞわり。
背筋を冷たいものが駆け抜け、思わず肩をさする。
「……?」
何だろう。
ほんの一瞬だけ感じた違和感は、すぐに消えてしまった。
「気のせい、かな」
小さく首をかしげたものの、考えても分からない。
「よし、今日も頑張ろう」
気持ちを切り替え、いつもの準備を始める。乾燥中の石鹸を確認して新しい分を仕込み、店内を掃除して見本品を並べ、印刷で作った説明書と手提げ袋を補充する。
すべて整えば、開店だ。
最初の頃は、お客様を待っている時間のほうが長かった。けれど、四か月も経つ頃には少しずつ常連のお客様も増え、店の扉が開くたびに見覚えのある顔を見かけることも多くなった。
「いつもの買いに来たよー」
「ありがとうございます。今日もありますよ」
そんな会話を交わしながら、お客様は慣れた様子で棚へ向かい、自分で石鹸を選んで会計へ持ってきてくれる。
家族の分までまとめて買ってくださる人もいれば、誰かへの贈り物として選んでくれる人もいる。
「この前贈ったら、とても喜ばれたよ」
「本当ですか? 嬉しいです!」
そんな声をいただくことも増え、その要望に応えるように贈答用の包装も始めた。
箱や手提げ袋には、制服にも使っている淡い緑がかった水色を取り入れている。石鹸は水と共に使うものだから、水を思わせるこのやさしい色をシャボンノアのイメージカラーに決めた。
商品の横には説明を書いた札を置き、文字だけでは少し寂しい気がして、小さな花を描いたりもしている。棚の一部には同じ色の布を敷き、開店したばかりの頃と比べれば、店内にもずいぶん統一感が出てきた。
説明書も、今では印刷したものになっている。一枚ずつ手書きしていた頃は閉店後も机に向かう日が続いていたけれど、その時間を石鹸作りや、新しいことを考えるために使えるようになった。
忙しい毎日だ。
それでも、その忙しさが私は好きだった。
この前まで夢だったお店が、少しずつ自分の思い描いていた形になっていく。
まだまだ、やりたいことはたくさんある。液体石鹸も作ってみたいし、新しい商品だって増やしたい。もっとお客様に喜んでもらえるお店にもしたい。
考えるだけで胸が弾んだ。
◇
その日の午後、珍しく店内にお客様の姿はなかった。
「今日は少し静かだなぁ」
ぐるりと店内を見回す。掃除は終わっているし、石鹸もきれいに並んでいる。説明書も十分にある。
ふと、そのまま店の真ん中に立って、改めて売り場を眺めた。
淡い緑がかった水色の布。商品の横に置いた説明の札。ところどころに描いた小さな花。箱や手提げ袋も同じ色で揃え、開店した頃よりずっと可愛くなったと思う。
「うん。いい感じ」
満足げにうなずいてみる。
でも、しばらく眺めているうちに首が傾いた。
「……なんか、物足りないなぁ」
可愛くないわけじゃない。色も揃っているし、シャボンノアらしい雰囲気もかなり出てきた。
だけど、もうひとつ何か欲しい。
お店を見た時に、すぐにシャボンノアを思い出してもらえるようなもの。もっと親しみを持ってもらえて、見ただけでちょっと楽しくなるようなもの。
「……あ」
ふいに、ひとつの考えが浮かんだ。
「お店の顔になる子がいたらいいんじゃない?」
そう思った途端、急に楽しくなってくる。
私は机の引き出しから紙と鉛筆を取り出した。
「ふんふん〜♪」
小さく鼻歌を歌いながら、鉛筆をくるくると回す。
「石鹸……泡……手を洗うといえば……」
うーん、と考えながら白い紙を見つめる。
やがて思いついたように口元を緩め、最初の一本線を描いた。




