31話 受け継がれるもの
花の日の翌日。
約束どおり、私はリラとフィン、それからイレーナさんのご主人と一緒に雑貨屋を訪れた。
「おはようございます!」
「おはよう。来てくれてありがとう」
店主さんは、いつものように穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「今日はよろしくお願いします!」
店内を見渡すと、この前まで棚いっぱいに並んでいた雑貨はほとんど姿を消していた。色とりどりの商品で埋まっていた棚が空いているだけで、同じ店なのにずいぶん広く見える。
「店じまい前に少し安くしたでしょう? おかげで商品はほとんど売れちゃったの」
「すごいですね」
「最後までたくさんのお客さんが来てくれて、本当に幸せだったわ」
「……なんだか、うらやましいです」
「うらやましい?」
「はい。私もいつか、最後にそう思えるくらいのお店にしたいです」
店主さんは少し驚いたように目を丸くしてから、柔らかく笑った。
「きっとできるわよ」
その言葉が嬉しくて、私も笑い返した。
「明日には引き上げをお願いしている人たちが来てくれるから、今日は細かいものを片付けたり、荷物をまとめたりするくらいで大丈夫よ」
「はい。できること何でも言ってください」
「うちもやるよ」
「俺は重いものあったら言って」
「俺もまだそれくらいなら手伝えるぞ」
フィンに続いてご主人まで腕まくりをする。
「ありがとうございます!」
さっそくみんなで作業を始めた。
食器は割れないよう一つずつ包んで箱へしまい、引き出しの中に残っていた細かなものも種類ごとに分けていく。私とリラが箱詰めを進める横で、フィンとご主人は高い棚の上に残っていた荷物や重たい箱を次々と下ろしてくれた。
「フィン、それ一人で持てるの?」
「これくらいなら平気」
大きな箱を軽々と抱えるフィンを見て、リラの目がぱっと輝く。
「フィンの腕、ほんとかっこいい!」
「えー、腕だけ?」
「ううん、フィンもかっこいいよ」
「……それならいいけど」
何その会話。
「こらー、そこー! 片付け中にイチャイチャしないのー!」
「してないよ?」
「してないな」
「その息ぴったりな返事がもう怪しいんですけど!」
「ノアもちゃんと手動かして」
「動かしてますー!」
リラはけろっとした顔で作業へ戻り、フィンはなんだか少し嬉しそうだ。
まったく。
でも、見ているこっちまで笑ってしまう。
「仲がいいのねぇ」
店主さんまで楽しそうに笑っていた。
しばらくして、私は比較的軽そうな箱を見つけて持ち上げる。
「これなら私でも――」
「それ、見た目より入ってるぞ」
「……先に言ってください」
持ち上げた瞬間にずしっと重みがきて、慌てて抱え直す。
「だから重いのは俺らに任せろって」
「これくらいいけると思ったんです!」
「その判断が危ないんだよ」
フィンに箱を取り上げられ、横からリラまで笑ってくる。
「ノア、力仕事は諦めよ?」
「リラに言われたくない!」
「うちはフィンがいるから」
「のろけた!」
「事実だもん」
「こらー!」
そんなやり取りをしながら片付けていると、店の中は少しずつ空っぽになっていった。
やがて店主さんが店内を見回す。
「これで大体終わりかしらね」
私も手を止めて辺りを見る。
私に譲ると言ってくれていた棚や木箱、編みかごはそのまま残され、それ以外のものはほとんど箱に収まっていた。
「ノアちゃんに使ってもらう棚や木箱、それに編みかごは残してあるからね」
「ありがとうございます。本当に助かります」
改めて見ると、どれもまだ十分使えるものばかりだった。少し手入れすれば、そのままシャボンノアの売り場でも活躍してくれそうだ。
すると店主さんが、奥にまとめられた一角を指さした。
「あっちに置いてあるものは処分する予定なの。気になるものがあったら、みんなも遠慮しないでもらっていってね」
「えっ、いいんですか!?」
真っ先に反応したのは、やっぱりリラだった。
「もちろん。誰かに使ってもらえたほうが嬉しいもの」
「じゃあ見てもいい?」
「どうぞどうぞ」
許可をもらった瞬間、リラは嬉しそうに奥へ向かう。
「あっ、このかごかわいい! パンを入れるのにちょうどよさそう!」
「さっきまで片付けしてた人とは思えない」
「これは別!」
「何が別なの?」
「もらっていいものを選ぶ時間だから」
「知らんがな」
よく分からない理屈だけど、本人が楽しそうなので放っておくことにした。
一方のフィンは、腕を組んだまま特に動く気配がない。
「フィンは見なくていいの?」
「俺は特にいらないかな」
その会話を聞いていたリラが、今度は小さな木箱を抱えて戻ってくる。
「じゃあこれ、フィンにぴったりじゃない? 工具とか入れられるよ」
「俺はいらないって――」
そう言いながら受け取り、中をのぞき込む。
「……悪くないな」
「でしょ?」
「いるんじゃん」
「使えるものならな」
「フィン、そういうとこもかっこいい」
「また?」
「うん」
「こらー! また始まった!」
ご主人まで肩を揺らして笑っている。
「若いっていいなぁ」
「ご主人まで!」
私の抗議なんて誰も気にしていない。
でも、こうして笑いながら片付けられるのは、なんだか嬉しかった。
「ノアちゃんも、何か気になるものがあったら持っていってね」
「ありがとうございます。でも、もうたくさん譲ってもらうので……」
「遠慮しなくていいのよ。どうせ処分するものなんだから」
「じゃあ……少しだけ見ます」
そう答えて、私も並べられたものを眺める。
小さな飾り棚や木箱、少し形の違うかご。どれも今までこの雑貨屋で使われてきたものだ。
これは石鹸の見本を置くのに使えそう。こっちは包装紙を入れておくのに便利かもしれない。
気づけば、また店で使うことばかり考えている。
「ノア、顔」
「え?」
「また店のこと考えてたでしょ」
「なんで分かったの?」
「分かりやすいから」
リラに即答されてしまった。
「だって、使えそうなもの見ると考えちゃうんだもん」
「もう完全に自分のお店だね」
「……うん」
その言葉に、胸の奥が少しくすぐったくなる。
もう契約は終わっている。
この店はこれから、本当に私が使う場所になる。
そう思って改めて店内を見ると、まだ何も並んでいない棚や空いた壁まで、全部がこれから始まるもののための場所に見えた。
片付けが終わる頃には、店の中はすっかり静かになっていた。
ここにあったものたちは、これからそれぞれ別の場所へ運ばれて、また新しい役目を持つことになる。
そして、この店そのものもそうだ。
雑貨屋としての役目を終えて、今度は石鹸屋になる。
まだ竈の補強も、水回りの手入れも、売り場の小さな水場の工事もこれからだ。棚の配置も考えないといけないし、看板だって必要になる。
やることはたくさんある。
でも今は、それすら楽しみだった。
「よし」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
ここから、この場所をシャボンノアのお店にしていこう。




