27話 新たな縁
店舗を探し始めてから、二か月が経った。
あれから不動産屋には何度も足を運び、新しく空いた物件があれば見せてもらった。少し離れた場所まで見に行ったこともあるけれど、人通りが少なかったり、売り場はよくても奥が狭かったり、逆に十分な広さはあっても家賃が高すぎたりと、なかなか条件に合う場所は見つからない。
宿の貼り紙を見た旅人から、隣町ならちょうど空いている店があると教えてもらったこともあった。少し迷ったけれど、詳しく聞いてみるとリーヴェとは街の規模も人の多さもかなり違うらしい。
石鹸を買いに来てくれる人も増えて、少しずつ顔なじみもできた。せっかくなら、この街で店を持ちたい。そう思って、隣町の話は見送った。
そんな中でもシャボンノアは相変わらず好評で、宿の一角に並べた石鹸は補充しても補充しても、すぐに売れていく。
そして最近、思いがけない話まで耳にするようになった。
どうやら旅人や冒険者の間で、この宿――ひだまり亭が「いい匂いのする宿」として、少し知られるようになっているらしい。
旅をしてきた人や冒険者が多く泊まる宿では、どうしても汗や靴、革の装備なんかの匂いがこもりやすい。でも、ここではエマさんやトムさんも石鹸を使ってくれているし、泊まった人が使ったりそのまま買っていくことも増えた。
そのせいなのか、以前より宿全体の匂いがずいぶん変わったそうだ。
私としては、思ってもいなかった嬉しい効果だった。
「ノアちゃん、足用石鹸を一つお願い」
「はい!」
棚から石鹸を取り出し、丁寧に包んで手渡す。
「いつもありがとうございます」
「これを使うと主人の足が全然違うのよ」
「それはよかったです! またなくなる前に作っておきますね」
女性は嬉しそうに笑い、ひだまり亭をあとにした。
その人と入れ替わるように扉が開き、見覚えのある老夫婦が姿を見せる。
シャボンノアを一番最初に買ってくれた、イレーナ夫妻だった。何度も宿へ足を運んでくれるうちに、今ではすっかり顔なじみになっている。
「あっ! イレーナさん、お久しぶりです! いらっしゃいませ!」
「ふふっ、元気そうね、ノアちゃん」
「もちろんです! トムさんの料理が私を作ってますからね! 」
すると、厨房からすぐに声が飛んできた。
「俺は料理人だ。ノアを作った覚えはないぞ」
「でも毎日食べてたら元気になります!」
「それは料理のおかげだ」
「だから同じですよ?」
「違う」
そのやり取りに、イレーナ夫妻は顔を見合わせて笑った。
「相変わらず賑やかな宿ねぇ」
「毎日こんな感じですよ」
私が照れ笑いを浮かべると、イレーナさんの視線が受付へ向いた。
そこには、二か月前から貼ったままの一枚の紙がある。
『店舗を探しています』
その下には、売り場だけでなく、石鹸を作れる場所や材料を置ける広さも必要だと書き足していた。
「あら……」
「どうしました?」
「あなた、あのお店……」
「ああ、俺も今思い出した」
二人そろって私を見る。
「ノアちゃん。実はね、親戚が雑貨屋を営んでいるの」
「年齢もあって、そろそろ店を閉めようかと話していてな」
「あの店なら、石鹸屋さんにもいいんじゃないかって主人と話していたの」
胸がどくんと鳴った。
けれど、この二か月でいくつも物件を見たおかげで、今は最初に確認したいことがある。
「あの、お店の奥って広いですか? 私、売るだけじゃなくて、そこで石鹸も作りたいんです」
「それなら、たぶん大丈夫だと思うわ。雑貨屋だから裏に倉庫もあるし、商品を開けたり整理したりする部屋もあるのよ」
「倉庫もあるんですか?」
「ええ。細かい商品が多いから、店に全部は出せないでしょう?」
それだけでもかなり条件に近い。
でも、もう一つどうしても必要なものがある。
「あとは……竈門ってありますか?」
「ああ、それならあるわよ。あのお店ね、雑貨屋になる前は薬草を扱う薬屋だったの」
「薬屋?」
「ええ。昔は奥で薬草を煮出したり、いろいろ作ったりしていたらしくてね。その頃の作業場が今も残っているのよ」
「じゃあ、竈門も?」
「残っていたはずよ。ただ、ずいぶん古いから、そのまま使えるかは分からないわね」
「使うなら、一度詳しい人に見てもらったほうがいいだろうな」
ご主人の言葉に、私は何度もうなずいた。
古くても、最初から作業場と竈門があるなら、何もないところから作るよりずっといい。手入れが必要なら、その時に考えればいい。
「場所はどの辺ですか?」
「ここからそんなに遠くないわよ。大通りから一本入ったところ」
「大通りほど人は多くないが、近所の人はよく通る場所だな」
「家賃は……高いですか?」
「そこまでは私たちも分からないわ。親戚と直接話してみないとね」
頭の中で、二か月かけて書き足してきた条件を一つずつ思い浮かべる。
売り場がある。倉庫もある。作業に使えそうな部屋があって、古いとはいえ竈門まで残っている。場所もリーヴェの中だ。
まだ見てもいないのに、期待がどんどん膨らんでいく。
でも、これまで何度も「いいかも」と思っては条件が合わなかった。
だから、少しだけ自分に言い聞かせる。
まだ分からない。実際に見てみないと。
「もし興味があるなら、一度見に来る?」
「ぜひ……! ぜひ見せてください!」
思わず勢いよく答えてから、慌てて頭を下げる。
イレーナ夫妻は、そんな私を見て嬉しそうに微笑んだ。
二か月探しても見つからなかった、自分のお店。
今度こそ。
そんな期待を胸に抱きながら、私は受付の貼り紙へもう一度目を向けた。




