24話 相談相手
お店を持ちたい。
その思いは、日に日に大きくなっていた。けれど、いざ本当に動こうとすると、何から始めればいいのか分からない。
店を借りるにはどれくらいのお金が必要なのか。場所はどうやって探せばいいのか。考えれば考えるほど分からないことばかり増えていく。
その日の仕事が一段落した頃、私は思い切ってエマさんに相談してみることにした。
「エマさん、少し相談があるんです」
「どうしたんだい?」
「石鹸も増えてきたので、いつか自分のお店を持ちたいと思ってるんです」
エマさんは少し驚いたように目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「そうかい。とうとうそこまで考えるようになったんだね」
「でも、何から始めればいいのか全然分からなくて……。お店を借りるのにどれくらいお金が必要なのかも、場所をどうやって探すのかも分からないんです」
エマさんは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「うちの宿はね、おばあちゃんの代から続いてる宿だから、新しく店を立ち上げるって経験はないんだよ。宿を続けることなら話せるけど、新しく店を借りるとなると、私より詳しい人がいるだろうね」
「そうなんですね」
「こういうことは、やっぱり詳しい人に相談するのが一番さ」
そう言って、エマさんは優しく微笑んだ。
「ありがとうございます」
一人であれこれ考えていた胸のつかえが、少しだけ軽くなった。
詳しい人に相談する。
それだけでも、次に何をすればいいのか少し見えてきた気がした。
◇
翌日の昼。
私は久しぶりにリラを誘い、街の喫茶店でお茶をしていた。
「最近どう? 石鹸屋さん」
「誰が石鹸屋さん」
「もうほぼそうでしょ」
「まあ……否定はできない」
「儲かってる?」
「聞き方がいやらしい」
「大事でしょ」
「前より作る時間も増えたし、種類も増えたよ」
「おお、順調」
「それでね……ちょっとお店欲しい」
「ちょっとお店欲しい、で買えるものじゃないけどね」
「分かってるよ!」
そんな話をしながら笑っていると、店の扉が開いた。
「リラ、迎えに来たよ」
聞き覚えのある声に振り向くと、フィンが立っていた。今日は午後から二人で出かける約束をしているらしい。
「もうそんな時間?」
リラが慌てて席を立つ。
「こんにちは、ノアさん」
「こんにちは」
挨拶を交わすと、フィンが何かを思い出したように笑った。
「そういえば、足用石鹸使ってるよ」
「本当ですか?」
「現場仕事って一日中靴を履いてるだろ? 職場でも結構評判なんだ。汗をかいても前より気にならなくなったって」
「よかったぁ」
実際に使ってくれた人からそう言ってもらえると、やっぱり嬉しい。
「俺も『彼女の友達が作ってる石鹸なんだ』って、つい自慢しちゃってさ」
「もう、恥ずかしいからやめてよ」
リラが照れたように笑う。二人のやり取りにつられて、私も笑ってしまった。
「あ、そうだ」
リラが何か思い出したようにフィンを見る。
「今ちょうどノアと話してたんだけど、ノア、お店を持ちたいんだって」
「店?」
「うん。でも、どうやって探せばいいのか分からなくて」
するとフィンが「ああ」とうなずいた。
「俺、建築の仕事してるから、不動産屋とは付き合いがあるよ」
「え?」
「店舗を探すなら、詳しい人を紹介できる。いきなり借りるとかじゃなくても、まず話を聞いてみたら参考になるんじゃないかな」
「ぜひ、お会いしたいです」
思いがけない申し出に、私は思わず身を乗り出した。
「じゃあ、都合を聞いておくよ」
「ありがとうございます!」
昨日までは、何から始めればいいのかさえ分からなかった。
それなのに、こうして一つ話してみただけで、次につながる道が見えてきた。
自分のお店を持つ。
まだ遠いと思っていたその目標が、ほんの少しだけ現実へ近づいたような気がした。




