23話 次の一歩
新しい従業員が入って宿の仕事にも余裕ができ、石鹸作りに集中できる時間がぐっと増えた。
以前は宿の仕事を終えてから少しずつ作るしかなかったけれど、今ではまとまった時間を取れる。材料を並べた作業台の前に立ち、私は今日使う分の油を量っていった。
石鹸作りは、材料を混ぜれば終わりというわけじゃない。油の量をきっちり量り、石鹸作りに使う灰汁も慎重に用意する。少しずつ合わせながら、全体が均一になるよう根気よく混ぜていくと、さらさらだった液体が少しずつ重くなり、とろりとした状態へ変わっていく。
ここまで来たら型へ流し込み、あとは固まるのを待つ。固まったものを型から外して切り分けても、すぐに売れるわけではない。しっかり状態が落ち着くまで置いて、それから泡立ちや洗い心地を確かめる。
最初の頃は一つ作るだけでも緊張していたのに、今ではずいぶん手順にも慣れた。
作業台に並んだ石鹸を眺めながら、私は満足げにうなずく。
「これなら、もっといろんな石鹸が作れそう」
せっかく時間ができたんだ。次は、新しい石鹸を作ってみよう。
最初に思いついたのは、足の臭いを抑えるための石鹸だった。
冒険者や旅人は一日中歩き回ることも多い。革靴やブーツを長時間履き続けているなら、きっと足の臭いに悩んでいる人もいるはずだ。実際、宿でも長旅から戻ってきたお客さんを見ていると、これは需要があるんじゃないかと思うことがある。
「よし。まずはこれから」
いつもの石鹸を基本にして、消臭効果があると言われる薬草を加えてみることにした。
油と灰汁を混ぜ、全体にとろみがついたところで薬草を加えていく。最初は効果が分かりやすい方がいいと思って少し多めに入れてみたのだけれど、固まったものを試してみると、予想以上に薬草の香りが強かった。
「うーん……これは違うなぁ」
臭いを抑える石鹸なのに、今度は薬草の匂いが気になってしまっては意味がない。
次は量を減らして作り直す。けれど、減らしすぎると今度は入れた意味があるのか分からない。泡立ちも確認しながら、少し増やして、また減らして。作るたびに配合を紙へ書き留め、使ってみた感想も横へ書き足していった。
「これは香りが強すぎ。こっちは……うん、泡はいい感じ」
何度か作り直しているうちに、作業台の端には試作品がずらりと並んでいた。
その中から一番バランスの良かったものをもう一度同じ配合で作り、仕上がりを確かめる。泡立ちも問題なし。洗ったあとの感じも悪くない。
「よし!」
思わず小さく拳を握った。これなら商品にできそうだ。
一つ完成すると、今度は別のものも作りたくなってくる。
次に目をつけたのは、以前から気になっていたフィオラオイルだった。
市場でも売られている髪につける香油で、やさしく上品な香りがする。女性に人気があるらしく、店先を通るたびにいい香りだなと思っていた。
「これを石鹸に入れたら、毎日この香りを楽しめるんじゃない?」
思いついたら試したくなる。
さっそくいつもの石鹸を作り、仕上げにフィオラオイルを少し加えてみた。
ところが、最初の試作は思ったほど香りが残らなかった。
「あれ?」
作っている途中ではちゃんと香っていたのに、固まってから嗅いでみるとかなり弱い。
それならと次は少し量を増やしてみた。今度は確かに香りが残ったけれど、近づけただけでも分かるほど強くなってしまった。
「これはちょっと……お風呂中ずっとこの匂いだったら疲れそう」
香りが弱すぎてもつまらない。でも強すぎても毎日使うには重い。
少しずつ量を変えながら何度も試して、固まったあとにどれくらい香りが残るのかも確認していく。泡立ちや洗い心地が変わっていないかも忘れずに試した。
ようやく、泡立てた時にふわっと香るくらいの配合にたどり着いた時には、思わず何度も石鹸の香りを嗅いでしまった。
「うん。これ好き」
洗っている時にはやさしく香るけれど、強すぎない。定番の石鹸とはまた違った楽しみ方ができそうだ。
「これは人気が出そう」
こうして、いつものシャボンノアに足用石鹸と、香りを楽しむシャボンノア フィオラが加わった。
三種類を並べてみると、それだけで棚が急に賑やかになった気がする。
「なんか、お店みたい」
思わず笑ってしまう。
実際、新しい石鹸を置き始めると、お客さんの反応も良かった。
「これは何の石鹸?」
「こちらは足用です。長く靴を履く方におすすめですよ」
「じゃあ一つもらおうかな」
別の日には、フィオラを手に取った女性が嬉しそうに香りを確かめていた。
「いい香りね」
「フィオラの香りなんです」
「こっちにするわ」
好みに合わせて選べるようになったことで、定番の石鹸だけだった頃よりも棚の前で悩む人が増えた。それを見るのが私は密かに楽しかった。
そして、宿のお客さんではない人が石鹸だけを買いに来ることも、少しずつ増えていった。
「石鹸を一つください」
「はい!」
そんなやり取りをするたびに嬉しくなる一方で、困ったことも出てくる。
毎日のように補充しているはずなのに、気づけば棚はすぐに寂しくなる。作業台にも完成した石鹸がずらりと並び、材料や包装に使うものまで増えてきた。
最初は宿の片隅を少し借りるだけで十分だった。でも、今は違う。石鹸を作る場所も、置いておく場所も、少しずつ足りなくなってきている。
その日も、石鹸だけを買いに来たお客さんを見送ったあと、私は宿の一角に並んだ商品を眺めた。
定番のシャボンノア。
足用石鹸。
シャボンノア フィオラ。
三種類の石鹸が並ぶ棚を見ていると、ふと別の光景が頭に浮かんだ。
宿のお客さんだけじゃなく、街の人も気軽に立ち寄れる場所。石鹸をきれいに並べて、それぞれの違いを説明して、香りや種類を選びながらゆっくり買い物を楽しんでもらえる場所。
そこなら、もっといろんな石鹸も作れるかもしれない。
私はしばらく棚を眺めてから、小さくつぶやいた。
「そろそろ……お店が欲しいな」
口に出した途端、胸が少し高鳴った。
自分の石鹸を並べる、自分のお店。
まだ何も決まっていないのに、想像するだけでなんだかわくわくしてくる。
新しい目標が、また一つ増えた。




