20話 泡がつないだ縁
自宅へ戻ったシリルは、自室でノアから渡された小さな包みを取り出した。
包みを開くと、中にはちゃんと固まった石鹸が入っている。
前回とは違う。
指先で軽く押してみても、崩れることはなかった。
短い間にここまで仕上げたのか。
シリルはしばらく石鹸を眺めたあと、それを手に部屋を出て、近くの手洗い場へ向かった。
水で濡らして軽くこすると、ふわりと泡が立つ。前よりもきめ細かい。
泡を洗い流していると、ぱたぱたと廊下を駆ける足音が聞こえてきた。
「お兄様?」
振り向くと、エシェルが立っていた。
「なにそれ!」
「石鹸だ」
「見せて!」
包みをのぞき込んだエシェルは、ころんとした石鹸を見て目を丸くした。
「ちっちゃくてかわいい! 使ってもいい?」
「……少しだけだぞ」
「やった!」
嬉しそうに石鹸を受け取り、水をつけてくるりと転がす。その瞬間、白い泡がふわりと広がった。
「わぁ! あわあわー!」
エシェルは目を輝かせながら泡をつつく。
「ほら見て!」
「遊ぶものじゃない」
「だって楽しいんだもん!」
泡を流しては、また少し泡立てる。何度かそれを繰り返すうちに、シリルの視線がエシェルの手元へ向いた。
「……使いすぎだ」
「あっ」
エシェルも石鹸を見る。小さなサンプル石鹸は、今にもなくなりそうなほど小さくなっていた。
「ごめん」
名残惜しそうに石鹸を返し、それから洗ったばかりの手を見つめる。
「すべすべ! どこで売ってるの?」
「リーヴェの宿だ」
「買ってきて!」
「自分で行けばいいだろ」
「お兄様が行った方が早いもん!」
当然のように言い切るエシェルに、シリルは少し困ったように眉を寄せた。
「お願い!」
今度は両手を合わせてじっと見つめてくる。
シリルはしばらくその顔を見返し、小さく息をついた。
「そのうちね」
「約束だからね!」
エシェルは満面の笑みを浮かべると、そのまま廊下を駆けていった。
「お母様ー!」
元気な声が家中に響く。
「どうしたの?」
「これ使ってみて!」
声を聞いてやって来た母へ、エシェルが石鹸を差し出した。
「これは石鹸かしら?」
「うん!」
母は石鹸を受け取り、水で泡立てる。
「あら」
ふんわりと立った泡を見て、少し目を細めた。
「泡立ちがいいわね」
手を洗い終えると、確かめるように指先を撫でる。
「使い心地もいいわ」
「でしょ!」
「どこで買ったの?」
「リーヴェの宿に売ってるんだって!」
「今度行ってみましょうか」
「ほんと!?」
エシェルが嬉しそうに飛び跳ねる。
その様子を見ていたシリルが、ふいに口を開いた。
「……俺が買ってくる」
「え?」
エシェルが目をぱちくりさせる。
「ほんと?」
「ああ」
母も少しだけ目を丸くした。
「あら? シリルが?」
「ああ」
短く答えるシリルを、母はしばらく見つめる。それから、ふっと意味ありげに微笑んだ。
「そう」
それ以上は何も言わない。
その横では、エシェルが大喜びしていた。
「やったー!」




