119話 販売員募集
翌日。
店を開ける前に、私は棚へ商品を並べていたノエルを呼び止めた。
「ノエル、ちょっといい?」
「はい、店長」
ぱっと振り向いたノエルに、昨日決めたことを伝える。
「レックスさん、雇おうと思うんだ」
「! あ、昨日の『仕事できますぜ!』が全身から吹き出してた人っすか!?」
「っ、あはは……!」
思わず吹き出した。
「すごい分かるー!」
言い方はひどいけど、たしかにそんな感じだった。
姿勢もきれいで、受け答えも落ち着いていて、何を聞いても迷わず返してくる。見るからに仕事ができそうな人だとは思っていたけれど、実際に話してみたら、本当に見たまんまの人だった。
「お金のこととか、予定の管理とか、外とのやり取りとか。そういうのをお願いしようと思ってる」
「へえー」
ノエルが感心したように何度か頷く。
「じゃあ、店長もちょっと楽になるんすか?」
「なる。……はず」
「そこは言い切ってくださいっす」
「なる!」
「いいっすね!」
レックスさんに仕事を任せられるようになれば、今より時間が作れるのは間違いない。
帳簿や予定の管理に追われる時間が減れば、商品開発にも戻れる。
それに、もう一つ決めたことがある。
「それでね。販売員も新しく募集しようと思ってるんだ」
「おお」
ノエルの目が丸くなった。
「人、増えるんすね」
「うん。二人くらいはいた方がいいかなって」
ノエルだって毎日働けるわけじゃないし、休みも必要だ。
今みたいに私が店を空けることが増えれば、店頭に立てる人はもっと必要になる。王都での販売が始まれば、これから何が増えるかもまだ分からない。
私は昨日書いた紙を取り出した。
「これ、店の前に貼ろうと思って」
「販売員募集……」
ノエルが声に出して読む。
「ギルドには頼まないんすか?」
「今回はまず、ここで募集してみようかなって。シャボンノアで働きたいって思って来てくれる人がいたらいいなと思って」
「きっと来るっすよ」
「そうかな?」
「だって制服かわいいし」
「そこ?」
「大事っす!」
ノエルが胸を張る。
たしかに、この制服をものすごく気に入ってくれているのは知っているけど。
「それでお願いがあるんだけど」
「はいっす」
「私が店にいる時に、面接を希望する人が来ても、その場ですぐ面接しないようにしたいの」
これから何人来るかも分からない。営業中に一人ずつ話を聞いていたら、そのたびに店の仕事が止まってしまう。
「定休日に来てもらうか、営業時間とずらした時間を案内してほしいんだ。私がいない時に来た人にも、そう伝えておいてもらえる?」
「了解っす。名前と、来られる日を聞いとけばいいっすか?」
「うん。それと、連絡できるところも聞けたらお願い」
「任せてくださいっす」
迷いのない返事が返ってくる。
こういうところ、本当に頼もしくなった。
最初の頃は、お客さんに何か聞かれるたびに私を探していたのに、今では私がいなくても店を回せる。商品のことも分かるし、研修に来た販売員さんに説明までしてくれるようになった。
私は少しだけ、ノエルの顔を見つめた。
「……店長?」
「ん?」
「なんすか、その顔」
「いや、なんでもない」
「?」
危ない。
今ここで言うところだった。
「あと、ノエル」
「はいっ」
「今日、店が終わったら少し話があるんだけど」
ノエルの動きがぴたりと止まった。
「……話?」
「うん」
「なんの話っすか?」
「それはあとで」
「えぇ……」
さっきまで元気だった顔が、一気に不安そうになる。
「店長、それ一番怖いやつっすよ」
「怖い話じゃないって」
「ほんとっすか?」
「ほんと」
「うち、なんかやらかしました?」
「やらかしてないよ」
「じゃあなんなんすかぁ……」
露骨に落ち着かなくなっている。
ちょっとかわいそうになってきたけれど、これは仕事のついでに軽く伝えるようなことじゃない。ちゃんと改まって話したかった。
私は募集の紙を店の表へ貼った。
――販売員募集。
大きめに書いた文字が、外からでもよく見える。
「これで来てくれるといいなぁ」
「来るっすよ。制服かわいいし」
「まだ言うの?」
「大事っすから」
ノエルは真顔だった。
そこまで言うなら、募集要項に制服のことも書いた方がいいんだろうか。
……いや、違うか。
そのまま店を開け、いつも通り一日が始まった。
お客さんが来て、商品を並べ直して、売れた分を補充する。その合間にも、ノエルはいつも通りてきぱき動いていた。
ただ。
たまに私を見る。
目が合う。
逸らされる。
しばらくすると、また見る。
……気になってるなぁ。
朝から「話がある」なんて言った私が悪いんだけど。
そして、その日の営業が終わったあと。
最後のお客さんを見送り、扉を閉める。
片づけを済ませてから、私は店の奥にある小さなテーブルへ向かった。
「ノエル、座って」
「……はいっす」
朝からずっと気にしていたせいか、ノエルの動きが妙に固い。
私が向かい側に座ると、ノエルもおそるおそる椅子に腰を下ろした。
テーブルの上で両手をきっちりそろえている。
なんだか面接を受ける人みたいになっていた。
「そんな緊張しなくても大丈夫だよ」
「だって店長、朝から『話がある』しか言ってくれなかったじゃないっすか」
「ごめんって」
「クビじゃないっすよね?」
「だから違うって」
ノエルがまだ疑わしそうに私を見る。
そりゃ不安にもなるか。
でも、この話はちゃんと顔を見て伝えたい。
私は少し姿勢を正した。
「ノエル」
「……はいっ」
返事まで固い。
「店長、やってみない?」
「…………」
ノエルが止まった。
ほんとに、ぴたりと。
「…………店長?」
「うん」
「誰がっすか?」
「ノエルが」
「…………うちが?」
「うん」
ノエルの目が、ゆっくり大きくなっていく。
そして次の瞬間。
「……店長っすか!?」
店の中に、ノエルの声が響いた。




