1. お爺さんの苦悩
僕の名前は浦島太郎。
ウミガメを助けて龍宮城へ行き、お土産にもらった玉手箱でお爺さんになった話は皆さんご存知でしょう。
この物語、何かおかしくないですか?
いい事をしたのにお爺さんにされてしまうんですよ?
一体誰が悪いのでしょう。
ウミガメをいじめていた子供達?
確かに悪いことをしていますが、幼い子供のすることです。僕が注意したので許してあげてください。
まさか僕だと答える人はいないですよね?
むしろ僕はお爺さんにされた被害者です。
では、やはり玉手箱を渡した乙姫でしょうか?
「決して開けないで」と言って渡すくらいだから、開けたらどうなるのかも知っていたことでしょう。
実は、この物語をウミガメが耳にし、『乙姫様が悪者のような話になっていて納得いかない』と言うのです。
ウミガメはどうしてそんなことを言うのか。
物語には続きがあり、大事なところが語られていないため誤解を生んでいるようです。
一体何が本当なのか、それを今からお話ししましょう。
青空の広がる砂浜の木陰に、僕は乙姫にもらった玉手箱を手に持ち座った。辺りに人影はなく、波の音だけが絶え間なく聞こえている。
「それにしても綺麗な箱だなぁ。一体何が入っているんだろう? 開けるなと言われるとよけい気になる。少し見るだけなら大丈夫だろう、少し見るだけ」
そう言いながら玉手箱を開けた僕は、瞬く間に白い煙で覆われた。
「うわっ! 何だ?」
煙はすぐに消えたが、何だか目がかすみ、体がだるくて思うように力が入らない。
「な…… 何が起こった? か…… 体が重い……」
まさか毒でも入っていたのだろうか……僕はこのまま死んでしまうのか? このまま誰にも気付かれずに……
体は重く感じるが特に気分が悪いわけではない、これはなんだ?
僕は自分の手を見てそのあまりの変貌に驚いた。
「これが僕の手? まさか、玉手箱を開けたせいでお爺さんになった?」
どうしたらいいか分からず周りを見渡すと、少し離れた所から僕を見ているウミガメと目が合った。
「ウ…… ウミガメさん…… どういうこと……」
必死に叫んだその声は、本当に自分なのか疑いたくなるくらいしゃがれていた。
僕は錆びた機械のようになった関節を必死に動かし、何度も転びながら必死にウミガメに駆け寄った。
ウミガメは海の方を向いて逃げようとしている様子だったが、動作が遅いおかげで尻尾を掴むことができた。
「グワッ!」ウミガメから聞いたこともない鳴き声がした。このウミガメは普通ではなく、言葉を話すことができるのを僕は知っている。
僕はウミガメの大きな体や甲羅の特徴などを改めて確認した。やはり、僕を龍宮城から帰してくれた、あのウミガメに間違いなかった。
もう逃がすまいと更に手に力を込める。
「お…… おい…… ちょっと待ってくれ!」
そう言いながら体勢を変え、甲羅にまたがったところで逃げるのを諦めたように抵抗しなくなった。
「どうして逃げるんだ!」
「そりゃ、あんな顔で迫ってきたら誰でも逃げるわい」
ウミガメは逃げる気がなかったかのように答えた。
「何が起こった? 何か知ってるなら教えてくれ!」
僕は甲羅にしがみついた。もう他にどうしていいか分からないのだ、答えてくれるまで逃がすわけにはいかない。
ウミガメは首を短くしながら答えた。
「乙姫様のためにしたことなんじゃ」
え? どういうこと? 僕がお爺さんになるのが乙姫のため?
ウミガメの言葉の意味を考えてみた。
乙姫はずっと龍宮城で暮らしている。それなのにいつまでも若く美しい。一方、僕は玉手箱を開けてお爺さんに……
まさか…… そういうことか!
ウミガメを助けたお礼にと、あんなにもてなしてくれたのに、僕は騙されたのか……
楽しかったことを思い出すほど、悲しみが込み上げてきた。僕の寿命を利用して美しさを保っているということか…… そう思うと、段々怒りが込み上げてきた。
「元の姿に戻る方法はあるのか? どうすればいい?」
「元の姿に戻りたいならとりあえずもう一度龍宮城へ行くのじゃ。海の中ですべて説明しよう。それにしても、開けては駄目と言われたのに開けてしまうなんて、人間は何を考えているのか理解できん」そう言いながら「グハハッ!」と笑った。
僕がこんな目にあっているのに、なんて奴だ!
ウミガメなんかに人間の気持ちは理解できない!
「方法があるなら、とにかく早く連れて行ってくれ!」
「わかったからそう急かさんでくれ、陸では速く動けんのじゃ」
こうしてお爺さんになった僕はウミガメに乗って、再び龍宮城へ向かうこととなった。元の姿を取り戻すために。
この綺麗な海の景色を以前のように楽しむ余裕などなかった。
ウミガメの言うことは信用できないし、龍宮城へ行っても元の姿に戻れるかは分からない。
僕は早くウミガメの話を聞きたかった。
「さっそく聞かせてくれ。どうしてこんなことになっているのか、どうしたら元に戻れるのかを」
「到着までに時間はたっぷりあるんじゃ。初めからちゃんと話すから黙って聞いておれ」ウミガメが面倒くさそうに答える。
どうして海の中で話せるのか、そもそもどうしてウミガメが話せるのか、気になることはたくさんあるが、今それどころではない。
しかし、ウミガメの背中はなぜかとても心地良く、頭の中に響いてくるような声も不思議な安心感があり、気持ちが穏やかになってくる。
僕はウミガメの話を遮らないよう、黙って聞くことにした。
静かな海の中、ただウミガメの声だけが響き渡る。




