表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/100

52話:殲滅

戦場という名のキャンバスは、すでに完成間近の絵画のように、アルト・フェルディスの手によって塗り替えられていた。


先ほどまで、世界を飲み込まんばかりの「黒い津波」だった魔物の群れ。だが今、そこに「軍」としての統制は一分子も残っていない。密度はズタズタに引き裂かれ、個体はただ生き延びるためだけに無様にのたうち回る、ただの「処理対象」へと堕ちていた。


「やあ、みんな! いよいよフィナーレだ。ここまでの頑張りは本当に素晴らしかったよ。さあ、最後の仕上げ、パパッと片付けちゃおうか!」


アルトの声は、耳障りな断末魔が響き渡る中央街道にあって、驚くほど明るく、気さくだった。彼は指揮台からひょいと降り、軽やかな足取りで前線へと歩み寄る。


「……終盤だね」


短く。

だが、その言葉には、運命を確定させる絶対的な重みがあった。


エルディアが、血に濡れた大剣を肩に担ぎ、鼻で笑った。

「掃除だな。……貴様の言う通りになった」


「あはは、エルディアも絶好調だね! さあ、前線は固定。深追いは禁止だよ。崩さず、逃げ場をじわじわと削る……そう、『包囲という名の抱擁』だね!」


アルトの朗らかな指示に従い、兵士たちが動く。

彼らの動きには、もはや迷いも恐怖もない。生き残った彼らは、この陽気な支配者が描く「構造」こそが、唯一の生存圏であることを骨の髄まで理解していた。


「右、閉じろ! 左、回り込んで。……よし、これで完璧なサークルだ。みんな、最高にハッピーな陣形だよ!」


逃げ道を完全に塞がれた魔物たちは、連携を失い、個として暴れ狂う。

だが、それこそがアルトの狙いだった。


「……さて。次は僕の番かな」


アルトが一歩、前へ出る。

これまでは指揮という名の「振り分け」。

ここからは、自らが「機能」として介入する、殲滅のフェーズ。


「魔力、回すよ」


小さく。

その瞬間、戦場の空気が一変した。


「……っ!?」


近くにいた兵士が、反射的に後ずさった。

感じる。肌を刺すような、圧倒的な密度の魔力。

だが、それは破壊の予兆ではない。もっと根源的な「収奪」の気配だ。


アルトの周囲、数十メートルの空間から、魔力が渦を巻いて吸い込まれていく。

大気から、大地から、そして――崩れかけた魔物たちの個体から。

乱れた魔力の流れを、アルトはその「陽気な支配力」で強引に引き寄せ、自らの中へと還流させていた。


「あはは、なるほどね! 統制が崩れた個体は、魔力のガードもガタガタだ。これなら、一分子の無駄もなく回収できちゃうね!」


吸収。

取り込み。

循環。

その速度は、通常の魔導師の概念を遥かに超えていた。

彼は奪っているのではない。ただ「浮いているリソースを最適化」しているだけなのだ。


「全部、もらうよ」


次の瞬間、アルトの手が空を舞った。


水が弾ける。

だが、それは単なる魔法ではない。空間全体を、薄く、しかし強固に覆い尽くす広域展開。


「……っ!?」


包囲網の中にいた魔物たちが、一斉に動きを止めた。

彼らの顔を、透明な膜が覆う。

水。

窒息。

だが、それは一箇所ではない。円陣の中にいる数百の個体、そのすべてが、同時に「呼吸」という機能を奪われた。


「吸収しながら、展開。保持……うん、このコストなら無限に回せるね!」


アルトの指先が、ピアノを弾くように軽やかに動く。

膜が増え、重なり、広がる。

逃げ場はない。

魔物たちは喉をかきむしり、悶絶する。

だが――。


三秒。

四秒。

ドサリ、ドサリと、黒い塊が沈黙のまま地に伏していく。


「……次!」


間を置かない。

アルトの笑顔は、残酷なほどに清々しい。


圧縮された風が巻く。

逃げようとした個体を、物理的な圧力で中心部へと押し戻す。

「そこ、ちょっとお行儀が悪いよ。みんなと一緒にいてね!」

土が跳ね、足場が崩れる。

転倒。

そして――。


蒸気、爆ぜる。

「熱いお風呂は好きかな?」

一瞬で視界を奪うほどの熱波。魔物たちの動きが完全に止まる。

アルトの魔力循環は、使えば使うほど加速し、周囲の「死」をエネルギーに変えて膨れ上がっていく。


「……おやおや、まだ元気な子がいるね。光、収束」


アルトの指先に、極限まで圧縮された光が集まる。

それは聖なる救済の輝きではなく、一分子の無駄も許さない、冷徹な「切断」の輝き。


「切るよ。ハイッ!」


放たれた光の線。

音もなく、一直線。

それは最前列の魔物を貫き、その後ろ、さらにその後ろまでも、抵抗を感じさせぬままに貫通していく。


一直線に描かれた、光の死線。


「……終わりだね」


短く。

その一言で、主戦場を埋め尽くしていた「脅威」は、文字通り一掃された。

残っているのは、戦意を失い、ただの獣に戻った数体の残党のみ。


「掃討に移るよ! みんな、最後まで気を抜かずにハッピーにいこう!」


アルトの声に、兵士たちが弾かれるように動く。

疲労はある。だが、彼らの顔には「勝利」という名の結果に対する、絶対的な陶酔があった。


アンジェリカは、ゆっくりと、震える吐息を漏らした。

「……本当に、一人でやってのけるなんて。あなたは……何なの?」

彼女の視線は、もはやアルトを「人間」として見ていない。だが、拒絶でもない。

ただ、その圧倒的な「正しさ」に、魂ごと屈服していた。


エルディアは、最後の一体を斬り捨て、剣を収めた。

「……終了だ。完璧だな、アルト」


戦場が、急速に静寂を取り戻していく。

立ち込める蒸気の向こうで、アルトはいつものように気さくに、兵士たちの健闘を称えていた。


そして。


リュミエラは、動けなかった。


目の前で完遂された、完璧な殲滅。

自分たちがどれほど願っても届かなかった「勝利」が、そこにはあった。

圧倒的な、一点の曇りもない結果。


「……」


大粒の涙が、地面の泥を濡らす。

勝った。

村は守られた。

多くの命が救われた。

それは、疑いようのない事実だ。


でも。


それでも。


(……この勝利の横には、どれだけの沈黙があるの……?)


アルトの背中。

陽気に笑い、兵士たちに「お疲れ様!」と声をかける、その気さくな後ろ姿。

その姿が、今は何よりも遠く、何よりも恐ろしいものに見えた。

感情を、命を、一分子の無駄も許さぬリソースとして「振り分けた」末の、この静寂。


リュミエラは、声を失ったまま、ただ泣き続けていた。

アルトが導き出した「最高にハッピーな結末」の真っ只中で、彼女の心だけが、どこまでも深く、暗い深淵へと沈んでいった。


第52話、殲滅。

合理の支配者が奏でた終曲は、一切の不純物を焼き尽くし、ただ冷徹な勝利の事実だけを、夜明けの荒野に残していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ