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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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5話:限界

夜の帳は一層深まり、教会の石造りの壁は、戦場から運び込まれる負傷者たちの熱気と血の匂いを閉じ込めていた。


リュミエラの視界は、もはや正常な色彩を失いつつある。

周囲の喧騒は遠い耳鳴りのように響き、目の前にある「傷口」という情報だけが、彼女をこの世界に繋ぎ止めていた。


(あと一人。……いえ、あちらにも。まだ、動いている。心臓が動いているうちは、私は……)


彼女の指先から漏れ出す光は、もはや聖なる輝きというより、消え入りそうな蝋燭の火に近い。

アルトに叩き込まれた「効率」を意識し、術式を圧縮して最小限の魔力で最大の結果を出そうとしている。しかし、分母となる彼女自身の魔力タンクが、すでに底を突こうとしていた。


アルト・フェルディスは、その光景を壁に背を預けたまま、静止画を分析するように眺めていた。


(魔力残量、推定0.8パーセント。精神的負荷によるニューロンの伝達阻害が発生。立位保持能力の低下。……通常なら、三分前に意識を失っている数値だ)


アルトの計算は、リュミエラの「意志」という不確定要素を測りかねていた。

合理的に考えれば、彼女は今すぐ気絶し、強制的にリソースを回復させるべき局面だ。だが、彼女は折れない。折れる代わりに、自分の命そのものを魔力へ変換して燃やし始めている。


「……リュミエラ。警告は一度だ。その男の手当を終えたら、強制介入する」


アルトの声が、氷の礫のように彼女の背中に突き刺さる。


「……放っておいて……ください……」


リュミエラは振り返りもせず、目の前の負傷者の腹部に手を置いた。

傷は深く、臓器が露出しかけている。本来なら高度な治癒魔術を数回重ねる必要がある致命傷だ。


「この人は……家族がいるんです。さっき、小さな子供が……泣きながら……」


「家族構成は生存確率に関係ない」


アルトの声は、どこまでも平坦で、それゆえに酷薄だった。


「その個体を救うために費やす魔力で、軽傷者五人を完治させられる。コストパフォーマンスが悪すぎる。……切り捨てろ」


「……っ!」


リュミエラの手が、激しく震えた。

彼女は、アルトの言っていることが「正しい」と知っている。

彼が提示するのは、集団としての生存率を最大化する「公」の正義だ。

対して自分が執着しているのは、目の前の一人を見捨てられないという「私」のエゴに過ぎない。


(分かっています。私が間違っている。……でも)


「でも、あの方が……アルトさんが効率を求めて戦うから、私は……私は、零れ落ちたものを拾うんです!」


リュミエラが叫んだ瞬間、彼女の周囲に、爆発的な光が溢れた。

それは技術でも計算でもない。自らの生命力を燃料とした、暴走に近い魔力放射。


「ヒール……バレット……!」


彼女は、アルトの技術を模倣した。

拡散させるのではなく、一点に。

祈りを込めるのではなく、弾丸バレットとして。


放たれた光弾が、負傷者の腹部を直撃する。

強引な細胞の超活性。肉が、血管が、皮膜が、凄まじい速度で編み上げられていく。

男の呼吸が劇的に安定し、死の影が消えた。


だが、その代償は即座に訪れた。


リュミエラの膝が、音を立てて崩れる。

光の粒子が霧散し、彼女の瞳から光彩が失われていく。


「……あ……」


倒れ込む彼女の体。

それが冷たい石畳に触れる直前、鉄のように硬く、無機質な腕が彼女を支えた。


「――限界だ」


アルト・フェルディスが、彼女の体を抱きとめていた。


「計算通りだな。予測より二分遅れたが」


アルトの視線は、もはやリュミエラには向いていない。

彼は彼女を近くの椅子に乱暴に座らせると、空いた右手を教会の広間全体へと掲げた。


「術式、全権限を俺に移行する。……リュミエラ、君が『零れ落ちたもの』を拾いたいと言うなら、拾わせてやる。ただし、俺の手順でだ」


アルトの体から、これまでとは比較にならないほどの魔力が立ち昇った。

それは村を浄化した時、魔物を一掃した時よりも、さらに高密度で、研ぎ澄まされた力。


「ヒールバレット・レギオン」


教会の空気が、物理的な圧力を伴って震える。

数百、数千という極小の光弾が、アルトの背後で万華鏡のように展開された。

それは、リュミエラが命を削って放った「一発」とは比較にならない、洗練された「大量生産品」の輝き。


「全個体、同時処置。誤差、0.01パーセント以内。……射出」


無数の光弾が、教会の天井を埋め尽くすように放たれ、雨となって負傷者たちに降り注いだ。

呻き声が消え、静寂が訪れる。

一人ひとりに最適化された「癒やしの雨」が、教会の惨状を一瞬で塗り替えていく。


リュミエラは、薄れゆく意識の中でその光景を見ていた。

残酷なほどに完璧な、救済の自動化。


「……やっぱり……冷たい……ですね……」


掠れた声で、彼女は呟いた。


アルトは彼女を一瞥もせず、懐の時計を取り出す。


「冷たかろうが、結果は『生存』だ。……寝ていろ。これ以上の稼働は、お前の個体価値を著しく損なう」


アルトはそのまま、再び戦場へと戻るべく教会の扉へと向かう。

その背中は、どんな英雄よりも頼もしく、そしてどんな怪物よりも空虚だった。


教会の中に、初めて安らかな寝息が響き始める。

限界の先で、アルトが残したのは、感情を排除した「完璧な静寂」だった。


第5話、限界。

夜明けは、まだ遠い。

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