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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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48話:戦場

夜明けの光は、この世の地獄を照らし出すためだけに差し込んだようだった。


空は白み始めている。だが地平に広がるのは希望の光ではない。うねり、押し寄せ、際限なく膨れ上がる黒い波。魔物たちの軍勢は、もはや一つの巨大な生き物のように、規則的な鼓動を刻みながら前進してくる。


中央街道――アルト・フェルディスが「メイン会場」と名付けた、生死を分かつ最終防衛線。


「やあ、みんな! 最高の朝だね。気分はどうだい? 身体を動かすにはもってこいのコンディションだよ!」


アルトの声は、耳障りな魔物の咆哮を突き抜けるほどに明るかった。彼は指揮台の上で、まるでこれから始まるダンスのステップを確認するかのように、軽やかに配置図を指さした。


「さて! 待ちに待った開演だ。みんな、準備はいいかな? 最高のパフォーマンスを期待してるよ!」


彼がパンと手を叩いた瞬間、戦場という名の巨大な機構が動き出した。


「まずは土属性の君たち、出番だよ! 景気よく地面を持ち上げちゃって!」


アルトの快活な指示。地面がうねり、隆起し、魔物の突進ルートを歪める巨大な段差が形成される。直線の道を無理やり曲げられ、魔物たちの「軍」としての美しさがわずかに崩れる。


「あはは、いい角度だ! さあ、第一列は三歩下がって固定。二列目は槍を水平に。刺さなくていい、ただの『壁』になって押し返してあげて!」


アルトの声は、戦場においてはあまりに気さくだ。だが、その言葉一つひとつが、兵士たちの迷いを消し飛ばし、彼らを一つの「部品」として完璧に機能させる。


「風、左からもっと強く! 流れをぐにゃりと曲げちゃおう。そう、それだ! 面白いように詰まっていくね!」


横からの風圧が群れの密度を不均等にする。アルトの設計通り、魔物たちは自らの重みで互いを押し潰し、速度を鈍らせていく。


「今だ、落とせ!」


前列の地面が陥没する。穴に落ちた個体の上に、後続が次々と重なり、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。だが、アルトはそれを「大成功だね!」と笑い飛ばした。


「押し込め! 二列目、半歩前。リズムを合わせて、ハイッ、ハイッ!」


槍が前に出る。突かない。面で受け、面で返す。アルトの構築した「分散構造」が、個々の兵士にかかる負担を最小限に抑えながら、巨大な波を押し戻していく。


衝突。

金属と肉がぶつかり合う凄絶な音。

だが、アルトのラインは、一分子の狂いもなく維持されていた。


「……うん、いい流れだ。損耗率は予測の範囲内。みんな、最高にハッピーな動きだよ!」


アルトは満足げに頷き、次なる脅威――上空を旋回するグレート・レイヴンの群れを見上げた。


「おっと、上からもお出客さんだね。歓迎してあげなきゃ。光属性、僕に合わせて束ねて!」


アルトの右手が、指揮者のように高く掲げられる。


「ホーリーバレット、拡散禁止。細く、速く、ピンポイントで射抜いちゃえ!」


無数の光の筋が、空を切り裂く。それは散らばることなく、糸のように束ねられ、急降下してくる魔物の翼を正確に貫いていく。


「一射、二射……あはは、まるで射的だね! 風、上空に渦を作って! 彼らに空中散歩を楽しませてあげてよ」


空気が歪み、上空の気流が乱れる。姿勢を崩した魔物たちが、次々と地上へと叩きつけられていく。


地上。


「押し戻せ! 三列目、支点になる個体を狙って! エルディア、あのでっかいの、お願いできるかな?」


「……フン、言われるまでもない!」


エルディアが影のように動く。無駄のない一閃。巨大な個体の膝裏を断ち切り、重心を崩す。


「ナイスショット! さあ、崩れた隙間に槍を。前進一歩、ハイッ!」


兵たちが一斉に踏み出す。軍靴の音が揃い、物理的な圧力が魔物の波を押し返す。


「維持。そのままだよ。みんな、呼吸を合わせて。吸って、吐いて!」


アルトは陽気な笑顔を崩さない。彼の指先が動くたび、水が窒息の膜となり、蒸気が視界を奪う煙幕となる。

戦場は、アルト・フェルディスという一人の男の演算の中に、完全に閉じ込められていた。


一方で。


主戦場の外。

アルトによって切り捨てられた、あの地点。


そこでは、全く別の音が響いていた。


「……助けて……」


言葉にならない、途切れ途切れの悲鳴。

そこには壁がない。

列がない。

押し返す面もない。

ただ、個々の命が順番に、無慈悲に、無意味に、黒い波に飲み込まれていく。


「……っ」


リュミエラは、後方支援の拠点で立ち尽くしていた。

主戦場の喧騒とは別に、彼女の耳には「聞こえないはずの声」が届いてしまう。


「……やめて……」


小さく、掠れた声が漏れる。

だが、戦場は止まらない。アルトの明るい声が、絶望を上書きするように響き渡る。


「左、詰めすぎだよ! もっとパーソナルスペースを大切に! 圧を逃がして、楽にいこう!」


兵が半歩引く。面が整う。

また一体、魔物が泥に沈む。

こちら側の世界は、決して崩れない。

アルトが選んだから。アルトが形を与えたから。


切った戦線は壊滅し、残した戦線は鉄壁となる。

その残酷な対比こそが、アルトの示した「生存の答え」だった。


「……止めた! 止まったぞ!」


誰かが歓喜の声を上げた。


「あはは、その通り! 止まったね。でも、ここからが本番だよ。維持して、じわじわと押し戻しちゃおう。これが僕たちの『勝利のステップ』だ!」


アルトの声は、どこまでも軽やかで、一点の迷いもなかった。

彼にとって、切り捨てられた場所の沈黙は、この場所の「機能」を維持するための対価に過ぎない。


リュミエラの頬を、涙が伝う。

目を閉じても、音は消えない。

遠くの断絶と、近くの整列。

二つの世界を同時に抱え、アルトは笑い続けている。


「……さあ、フィナーレに向けて加速しようか。みんな、僕のタクトを信じて!」


アルト・フェルディスは振り返らない。

彼の視界には、残した場所、守るべき場所、そして勝つための手順しかない。


切り捨てられた場所は、もはや地図上の空白ノイズへと変わっていた。

声はもう、届かない。

届く必要もない。


合理の支配者が奏でる旋律は、残酷なほどの「生」を、この中央街道に刻み込み続けていた。


第48話、戦場。

選ばれた命が、死を積み上げて「勝利」という名の塔を築いていく。

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