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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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45話:限界の理想

夜のとばりはまだ明けていなかった。


戦場は静寂などではない。遠くで響く咆哮、地を叩く振動、風を裂く羽音。押し寄せる「死」の圧力は、確実にこの防衛拠点を飲み込もうとしていた。


その中で。


リュミエラは、動いていた。


誰にも告げず、杖一本を握りしめ、北東第三集落――先ほどアルトによって「切り捨て」が決定された場所へと向かって。


「……まだ、間に合うはず。誰かが待っているなら、私は……」


小さく、自分を奮い立たせるように呟く。


だが、一歩を踏み出したその瞬間だった。


「やあ、リュミエラちゃん! こんな時間に散歩かい? 夜風は体に毒だよ、ほら、深呼吸、ハイッ!」


暗闇の中から、場違いなほど明るい声が響いた。

アルト・フェルディスだ。彼はいつものように気さくな足取りで、しかし逃げ道を塞ぐようにリュミエラの前に現れた。


「アルトさん……。どいてください。私は、北東の集落へ行きます」


リュミエラの瞳には、かつてないほど強固な決意が宿っていた。だが、アルトはひらひらと手を振り、屈託のない笑顔を崩さない。


「救援だね。わかるよ! 君のその熱いハート、嫌いじゃない。でもね、残念! 計算機が『ダメ』って言ってるんだ。君がそこに到達する前に、村は魔物の胃袋の中。そして君自身も、おまけのデザートになっちゃう。それは『不合理』だよね?」


「不合理でも構いません! 助けられるかもしれない命があるなら、私は賭けたいんです!」


リュミエラが叫ぶ。その悲鳴のような訴えに、アルトは肩をすくめて笑ってみせた。


「賭け、かあ。いい言葉だね! でも、勝率ゼロの賭けはただの『浪費』だよ。いいかい、リュミエラちゃん。君という貴重な『癒やしのリソース』をそんな場所で捨てるのは、僕の『振り分け』に反するんだ」


アルトは一歩、近づく。その瞳は陽気に輝いているが、背後に控えるエルディアやアンジェリカが息を呑むほどの、圧倒的な「拒絶」の気配を纏っていた。


「死ぬぞ」


短く。

明るい声のまま、彼は事実を突きつけた。


「それでも行きます! 助けたいから……それだけです!」


「あはは! 潔いなあ。でもね、それはただの自己満足だよ。君が死んで、村が滅んで、それで誰が喜ぶんだい? 僕が欲しいのは『君の満足』じゃなくて『生存という結果』なんだ」


「ゼロじゃないです! わずかでも可能性があるなら――!」


リュミエラがさらに踏み込もうとした、その時だった。


「――おっと、動かないで」


アルトが指をパチンと鳴らす。

瞬間、リュミエラの足元の水分が急激に凍結し、膝までをガッチリと固定した。同時に、風の鎖が彼女の腕を縛り上げる。


「なっ……!? 離してください、アルトさん!」


「ごめんね、リュミエラちゃん。でも君を死なせるわけにはいかないんだ。君はここで、僕が送り届ける兵士たちを癒やす『部品』として機能しなきゃいけない」


アルトは目の前に立ち、いつものように気さくに彼女の頭を撫でようとして、止めた。


「行かせないよ。君がどれだけ泣いても、僕が君を『死の座標』へ振り分けることはない」


「なんで……! どうして止めるんですか! 私が行くと言っているのに!」


「死ぬからだよ。単純だろ?」


アルトは朗らかに笑い、言い切った。


「君を死なせるのは、僕の計算機に対する侮辱なんだ。君は僕のタクトに合わせて、この安全な場所で最高にハッピーな救済を提供し続ける。それが君の役割だ」


「意味がないって……言うんですか……?」


「意味はあるよ。君がここで生き残って、明日また十人の命を繋ぐ。それが僕にとっての『意味』であり、唯一の『正解』だ」


リュミエラの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。

理想を、希望を、想いを。

それらすべてを「陽気な合理」で塗りつぶし、力で押さえつける男。


アルトはひょいと背を向け、周囲の兵士たちに明るく声をかけた。


「さあ、みんな! 余興は終わりだ。持ち場に戻ろう! 夜明けまでに防壁の再構築を終わらせるぞ。ほらほら、景気よく動こうじゃないか!」


アルトの指示に、兵士たちが吸い込まれるように動き出す。

凍りついた足、縛られた腕。リュミエラは、その場に取り残される。

アルトは一度も振り返らなかった。


「……戦線を維持する。それが最優先だ」


その声には、一切の迷いも、湿っぽさもない。

理想を封殺し、現実を固定する。

それが、合理の男が示した「生存」の対価だった。


第45話、限界の理想。

少女の祈りは氷に閉ざされ、夜の闇の中で、冷徹な「勝利への手順」だけが加速していく。

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