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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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43話:衝突

風が止んでいた。


前線崩壊という絶望的な報告。その重圧が、指揮所を凍りつかせていた。誰もが呼吸の仕方を忘れたかのように固まり、ただ無機質な死の足音を待っている。


「……どうして」


その沈黙を、リュミエラの震える声が叩き割った。


「どうして……そんなことが言えるんですか。見捨てるんですか!? まだ、戦っている人がいるかもしれないのに!」


叫びは鋭く、剥き出しの悲鳴となって響き渡る。その視線の先には、いつもと変わらぬ足取りで、不気味なほどに明るい男が立っていた。


アルト・フェルディス。彼はひょいと肩をすくめ、困ったような、だがどこまでも気さくな笑顔を向けた。


「おっと、リュミエラちゃん。そんなに怖い顔しないで。せっかくの綺麗な瞳が曇っちゃうよ。ほら、一度深呼吸して! ハイッ!」


「笑わないでください! 今、この瞬間にも……!」


「笑ってるわけじゃないさ。ただ、暗い顔をしても酸素が減るだけだからね!」


アルトは朗らかに言い切り、机を指でトントンと叩いた。そのリズムは軽快だが、一分の狂いもない。


「いいかい、みんな。救えないものに時間を使うのは、最悪の『無駄遣い』だ。僕はね、リソースの無駄が大嫌いなんだよ」


感情を排した、だが極めて陽気な宣言。それがリュミエラの胸を貫く。


「……無駄? 命を……無駄って言うんですか……?」


「救えない命に、救えるはずの命を突っ込むことが無駄なんだ」


アルトは気さくに、だが決定的な拒絶を込めて首を振った。


「計算は終わってるよ。距離、速度、損耗率、生存時間。救出に向かって、戻ってくるまでのタイムラグ。敵の包囲網が完成するまでの秒数。全部パズルみたいに組み合わせてみたけど、結果は……残念! どこをどう動かしても、生存確率は『ゼロ』だ」


アルトは掌を見せ、おどけたように肩を揺らした。


「ゼロをイチにしようとして、こっちのイチをゼロにするのは割に合わない。僕の仕事は、残ったイチを十にするための『振り分け』をすることだ。分かってくれるよね?」


「分かりません……分かりたくもありません!」


リュミエラが叫ぶ。その時、低い声が割って入った。


「……現実を見ろ」


エルディアだ。彼女は一歩前に出ると、リュミエラを鋭く射抜いた。


「前線は終わった。アルトの言う通りだ。行けば死ぬ。それは戦いではなく自殺だ。……お前が死ねば、ここを守る『癒やし』が消える。それが何を意味するか、分からないほど馬鹿じゃないだろう」


「……っ」


リュミエラの肩が激しく震える。逃げ場のない正論。アルトの陽気な合理と、エルディアの冷徹な現実。二つの壁が彼女を追い詰めていく。


アンジェリカは、ただその光景を黙って見つめていた。誇り高き貴族として、見捨てることの屈辱と、全滅を避けるための義務の間で、彼女の瞳はかつてないほど激しく揺れていた。


アルトは、そんな彼女を一瞬だけ見やり、再びリュミエラへと笑顔を向けた。


「さあ、リュミエラちゃん。選択の時間だ! 厳しいことを言うようだけど、僕は君を『最高に輝く場所』で使いたいんだ。今すぐ無駄死にをしに行くか、それとも僕と一緒に、ここで新しい『勝利の流れ』を作るか。どっちがハッピーかな?」


「……」


リュミエラは、動けない。

心が引き裂かれ、爪が食い込むほど拳を握りしめる。アルトの言葉は、まるで楽しいゲームの誘いのように響く。だが、その中身は逃げ場のない「選別」だ。


「返事がないね。沈黙は『残る』という承諾と受け取るよ! 賢い選択だ、さすが僕が選んだ聖女様だね」


アルトはパンと手を叩き、周囲の兵士たちに明るく声をかけた。


「よし、みんな! 方針は決まった。戦線を再構築するぞ! ここが次の前線、つまり『絶対に崩れないライン』だ。資材をここへ! 負傷者の搬送ルートを確保! ほらほら、足が止まってるぞ、景気よく動こう!」


アルトの指示が飛ぶたび、凍りついていた指揮所が動き出す。彼は一人ひとりの肩を叩き、適格な場所へ、適格な役割へと兵士たちを「振り分けて」いく。


「……待って……ください……」


リュミエラの声は、活気付き始めた空気にかき消されそうになる。だが、アルトは一度も振り返らなかった。彼はすでに、次に来る巨大な波をどう捌くか、その「楽しい演算」の真っ只中にいたからだ。


「立て」


立ち尽くすリュミエラの横で、エルディアが低く言った。


「泣くな。泣いても誰も生き返らない。……戦え。ここで守ることが、唯一の答えだ」


リュミエラは、ゆっくりと顔を上げた。涙はまだ止まらない。だが、その瞳には、アルトが提示した「残酷な正解」を受け入れた者の色が混じっていた。


「……分かりました。ここで……戦います」


アンジェリカは、その様子を静かに見ていた。彼女はまだ、アルトのやり方に完全な納得はしていない。だが、揺らぐことのない彼の「明るい支配」が、この絶望的な状況を唯一動かしていることを認めざるを得なかった。


「あはは! そうこなくっちゃ! さあ、リュミエラちゃんも持ち場について。最高の癒やしを期待してるよ!」


アルトは朗らかに笑い、天を仰いだ。

絶望的な状況。前線は消えた。だが、彼のタクトが振られた瞬間、そこには新しい、そして絶対的な「勝利への手順」が刻まれ始めていた。


第43話、衝突。

激しすぎる価値観のぶつかり合い。だが、合理の男が笑った瞬間、混沌は一つの巨大な「歯車」へと収束していった。

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