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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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42話:前線崩壊



空は、異様な静けさに包まれていた。


前線から届く絶望的な報告の数々。指揮所を支配する沈黙は重く、誰もが呼吸の仕方を忘れたかのように固まっている。壊滅、突破、全滅。積み上がる言葉はどれも黒く、冷たい。


その沈黙を、明るい声が叩き割った。


「おーい、みんな! 暗い顔してどうしたんだよ。肺に空気が足りてないぞ、ほら、深呼吸!」


アルト・フェルディスが、いつものように気さくな足取りで指揮所の中央へと歩み寄る。彼は泥まみれで転がり込んできた兵士の肩をポンと叩くと、屈託のない笑顔を見せた。


「伝令君、お疲れ様! 災難だったね。でも君がここまで走ってきてくれたおかげで、僕の計算機に最新のデータが届いたよ。ありがとう!」


「……アルト、貴様。この状況を笑い飛ばすつもりか」


エルディアが、剣の柄を握りしめたまま低く唸る。その瞳には、かつてないほどの苛立ちが宿っていた。


「エルディア、怖い顔しなさんな。笑う門には福来るってね! 脳が冷え切っちゃうと、せっかくの剣筋も鈍っちゃうよ」


アルトは陽気に笑いながらも、その視線は机上の地図を捉えて離さない。指先が軽やかに、しかし正確なリズムで地図を叩く。


「さて! 状況を整理しようか。第三、第五、第六……おまけに第七防衛線までお釈迦しゃかになっちゃった。あはは、こりゃ傑作だ。向こうの『設計者』はなかなかの勉強家だね。損耗を前提にした構造、補給を切り捨てた速度。まさに防衛戦に対する最短経路だ」


「……詰むわね」


アンジェリカが静かに言った。その声には諦念ではなく、あまりに冷酷な現実への納得があった。


「アンジェリカ様、正解! でもね、詰みってのは王様が取られてからの言葉だ。今はまだ、盤面をひっくり返すための『振り分け』の最中だよ」


アルトは朗らかに言い切り、机の上に指で新しいラインを引いた。


「いいかい、みんな。奴らは補給をしない。休まない。止まらない。だから速い。でもね、それは同時に『止まったら終わり』ってことでもある。彼らは到達することに全てのステータスを振っている。……つまり、到達した瞬間に電池が切れるように、僕らが『調整』してあげればいいんだ」


「アルトさん!」


リュミエラが、悲鳴のような声を上げた。その瞳には涙が溜まっている。


「第七防衛線の皆さんは……まだ、戦っているかもしれないんです。今すぐ、救いに行けば……!」


「リュミエラちゃん! その優しさはいつ見ても最高に眩しいね。抱きしめてあげたいくらいだよ!」


アルトは両手を広げておどけてみせた。だが、その足は一歩も動かない。


「でもね、ダメだよ。行っちゃダメ。君が今そこに行くと、救えるはずの一人がゼロになるどころか、君という最高のリソースまで失っちゃう。それは『不合理』だ。僕の計算じゃ、彼らの生存時間はあと300秒。君が全速力で走っても到達までに350秒。……ね、算数の時間だ。答えは『間に合わない』」


「そんな……算数だなんて……! 人の命ですよ!?」


リュミエラが叫ぶ。だが、アルトは依然として、陽気に、そして残酷なほど気さくに首を振った。


「そう、人の命だ。だからこそ、一秒も無駄にできない。いいかい、リュミエラちゃん。君のその『癒やしの手』は、これから来る『救える命』のために取っておいてほしいんだ。一分子の魔力も、一滴の涙も、無駄にするわけにはいかない。それが僕の『振り分け』だ」


アルトはくるりと身を翻し、指揮所に集まった全員を見渡した。彼の瞳は明るく輝いている。だが、その輝きは、戦場という名の混沌を一つの巨大な機構として捉え、無理やり「最適解」へと押し込もうとする支配者の光だった。


「さあ、みんな! 泣いてる暇があったら、僕の合図に合わせて踊ってくれ! 崩壊した前線は『処理済みの領域』だ。未練は全部そこに置いてきて。これから僕たちがやるのは、新しい『勝利の流れ』を作ることだ!」


アルトの声が響くたび、絶望で凍りついていた兵士たちの瞳に、不思議な活力が戻り始める。


「アンジェリカ様! 君の魔導部隊はこのポイントに火力を集中させて。敵の『速さ』を逆手に取って、渋滞を起こさせるんだ。エルディア! 君の剣は、その渋滞から漏れ出たゴミを掃除するために使って。リュミエラちゃん! 君はここ、中央広場で待機。僕が『生きたまま』君の元へ兵士たちを送り届けるから、君は彼らをまた戦場に叩き返してあげて!」


アルトは朗らかに、そして淀みなく、全員の役割を決定していく。


「いいかい、これは大規模な『仕分け作業』だ。誰を助け、誰をどこへ配置するか。僕が全部決めてあげる。君たちはただ、僕のタクトに合わせて最高にハッピーに動けばいい。そうすれば、最後にはみんなで笑って祝杯を挙げられる。約束するよ!」


アルトは高らかに笑い、天を仰いだ。

遠くで響く魔物の咆哮が、死の足音が近づいている。


「――さあ、開演だ! 壊れた前線の代わりに、僕たちが最高の『鉄壁』を見せてあげようじゃないか!」


アルト・フェルディスの陽気な宣言が、絶望に沈んでいた戦場を一つの巨大な「歯車」へと変えていった。

一人一人が役割を与えられ、全体の流れの中に組み込まれていく。

そこにはもう、迷う余地はない。


前線は崩壊した。

だが、陽気な支配者の下で、新しい勝利への「手順」が動き始めた。


第42話、前線崩壊。

だが、その絶望の中で、合理的な「流れ」が、世界を救うために加速していく。

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