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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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41話:異常兆候

国境線の空気は、常にピンと張り詰めているのが常態だ。だが、その日の空気は「張り詰め」を通り越し、不気味なほどに凪いでいた。


見張り台の兵士たちが困惑の表情で、地平線を指差す。そこには、本来ならあり得ない「黒い定規」が引かれたような、魔物の大群が整然と行進していた。


「――おーい、みんな! 暗い顔してどうしたんだよ! 折角のいい天気だ、もっとシャキッといこうぜ!」


その場の重苦しい沈黙を、場違いなほど明るい声が叩き割った。


高台に現れたのは、アルト・フェルディスだ。彼はいつものように気さくな足取りで、肩をすくめて笑いながら、絶望的な光景を眺めている兵士たちの背中を叩いた。


「アルトさん、笑い事じゃありません! あの魔物の数、見てください! 一列に並んで、まるで……」


「うん、まるで訓練された軍隊みたいだよね。あはは、こりゃ傑作だ!」


アルトは屈託なく笑い飛ばした。その瞳は陽気な輝きを失っていない。だが、その視線の奥では、秒間数万項目の演算が超高速で実行されていた。


魔力の波形、個体間の距離、歩幅の同期率。すべてが、彼という「人間演算機」の中にデータとして吸い込まれていく。


「……統制、広域同期、消耗無視。なるほどね。こいつは『生き物の群れ』じゃない。一つの巨大な『自律型魔導回路』だ」


アルトはポンと手を打った。まるで面白いパズルを解いた子供のような表情だ。


「よし、みんな! 落ち込んでる暇はないぞ。これから楽しい『振り分け作業』を始めるからな!」


その陽気な宣言に、隣にいたエルディアが呆れたように鼻を鳴らした。


「相変わらずだな、貴様。この状況を見て『楽しい』とは……。で、その明るい頭で何が見えた?」


「エルディア、相変わらず手厳しいねえ! 見えたよ、バッチリとね。これ、単なる個別のリーダーがいるんじゃない。群れ全体が、特定の周波数で同期されてるんだ。いわば、一つの大きな装置だよ」


アルトはエルディアの肩を軽く叩き、前方の「黒い波」を指差した。


「後方、中央から三列目。あそこでチョコチョコ動いてるのが、同期信号の中継点リピーターだ。あいつを叩けば、この綺麗な行進は一瞬でダンスパーティーに変わるよ。面白そうでしょ?」


「……フン、言うのは簡単だ」


エルディアは不敵に笑い、大剣の柄を握り直した。アルトの陽気さは、時に毒毒しい。だが、その軽快さが、絶望に縮こまっていた周囲の兵士たちの心を、不思議と解きほぐしていく。


「アルトさん!」


背後から駆け寄ってきたのは、リュミエラだ。彼女の表情は、報告書にある各地の「同時多発侵攻」という異常事態に、いまにも泣き出しそうだった。


「各地の教会がパニックに……! どの村も同時に襲われていて、もう、どうしていいか……」


「リュミエラちゃん! 走ってきてくれたんだね、ありがとう! ほら、深呼吸して。吸って、吐いて、笑顔!」


アルトはリュミエラの両肩を掴み、茶目っ気たっぷりにウインクした。


「大丈夫。同時多発ってことは、逆に言えば『一箇所の指示で全部動いてる』ってことだ。根っこを引っこ抜けば、全部止まる。簡単だろ? 君の仕事は、傷ついた人を救うことじゃない。僕が決めた『救いの方程式』の中に、光を流し込むことだ。君ならできる、信じてるよ!」


「……方程式……」


リュミエラの瞳に、少しだけ熱が戻る。アルトの気さくな態度は、不思議と「自分にできることがある」という確信を相手に与える。


「……賑やかね。お葬式の準備でもしているのかと思ったわ」


最後の一人、アンジェリカが凛とした足取りで現れた。彼女は一見冷静を装っているが、その金の髪が微かに震えているのを、アルトは見逃さなかった。


「おっ、アンジェリカ様! 今日のドレスも戦場に映えるね。美しい!」


「お黙りなさい。……そんなことより、あの魔物の動き。ただ事ではないわ」


「流石、お目が高い! 結論から言おう。これは単なるお散歩じゃない。『大侵攻』、確定だ!」


アルトは満面の笑みで、爆弾発言を放り投げた。

アンジェリカが絶句する。だが、アルトは止まらない。


「さあ、みんな! 舞台は整った。ここからが僕の真骨頂だ。アンジェリカ様は火力の調整を。エルディアは隙間の処理を。リュミエラちゃんは流れの維持を。――僕が全部、『正しい場所』に振り分けてあげる」


アルトは地面に跪き、陽気な手つきで土に図を描き始めた。


「これは構造の戦いだ。個人の勇気とか、血統の誇りとか、そういう重たいものは一度置いておこう。もっと軽やかに、パズルを組み立てるみたいに勝とうじゃないか」


彼は立ち上がり、空を仰いだ。

迫りくる「軍」と化した魔物の咆哮が、すぐそこまで迫っている。


「――さあ、演算開始エンジョイ・タイムだ! 全員、僕のタクトに合わせて踊ってくれよ!」


アルト・フェルディスの声が、暗雲を突き抜けるように響いた。

その明るさは、戦場という名の絶望を、最高に合理的な「ゲーム」へと塗り替えようとしていた。


第41話、異常兆候。

陽気な支配者が奏でる勝利への旋律が、大侵攻の幕開けと共に、高らかに鳴り響いた。

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