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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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31話:対立の火種

教会の白い壁に、沈みゆく夕日の残光が血のような赤を引いていた。


ワイバーン襲撃の傷跡は、物理的な破壊以上に、人々の精神構造を激しく揺さぶっていた。アルト・フェルディスが強いた「選択」という名の洗礼。リュミエラはその重圧に耐え、一人の命を繋ぎ止めた。だが、その代償として支払われた「一人の死」という事実は、今も彼女の指先に冷たい感触としてこびりついている。


「……次、こちらへ」


リュミエラの声は、自分自身に言い聞かせるような硬さを持っていた。

彼女は、もう迷わないと決めた。迷いが命を奪うことを、その身をもって知ったからだ。しかし、彼女の術式から溢れる光は、どこか痛々しく、悲鳴を上げているようにも見えた。


「……甘いわね」


その静寂を切り裂いたのは、鋭利な刃物のような声だった。

アンジェリカ・ラファ・ヴァルクレイア。公爵家の令嬢であり、戦場という盤面を俯瞰する「選別者」が、教会の柱に背を預けたまま、冷徹な視線をリュミエラに注いでいた。


リュミエラの手が、一瞬だけ止まる。

「……何が、でしょうか」


「選んだ後に揺れることよ。それは自分を救ったつもりで、救えなかった命への冒涜でしかないわ」


アンジェリカはゆっくりと歩み寄り、リュミエラの目の前で足を止めた。

彼女の放つ圧は、物理的な質量となってリュミエラの肩にのしかかる。


「結果を引き受けられないなら、最初から選ぶ資格はない。あなたのその『迷い』というノイズは、救われた側の人間に対しても失礼だとは思わないの? 自分の命が、そんな中途半端な覚悟で拾い上げられたものだと知ったら、彼らはどう思うかしら」


「……っ……」


リュミエラの瞳が、激しく揺れた。

アンジェリカの言葉は、アルトの合理とはまた違う、高潔な「支配者の論理」だった。責任を負う者としての、逃げ場のない正論。


「迷う者は、殺す。戦場において、それは不変の理よ。あなたのその震える手が、救えたはずの次の命を、今この瞬間も危険に晒しているの」


空気が凍りついた。

周囲の負傷者たちも、そのあまりの冷徹さに息を呑む。

リュミエラの指先が、目に見えて震えを増した。


だが。


「……違います」


絞り出すような声だった。

リュミエラは顔を上げ、アンジェリカの冷徹な瞳を真っ向から見据えた。

その目には、涙はない。代わりに、燃え上がるような静かな怒りが宿っていた。


「人を数字にしないでください! 助けられる数とか、効率とか、覚悟とか……! そんな言葉だけで、命の重さを測っていいわけがないんです!」


リュミエラの叫びが、教会の天井に反響した。


「私が迷ったのは、私が弱かったからです。それは認めます。……でも、その迷いこそが、私が人間である証拠です。数字として割り切ってしまったら、それはもう『救い』じゃない。ただの『整理』です!」


アンジェリカの視線が、わずかに細くなった。

「整理、ね。……その整理をしなければ、そこに転がっている死体は二倍になっていたわ。現実を見なさい。理想だけで腹は膨れないし、傷も塞がらない。数字にしなければ、全員死ぬ。それがこの世界の、唯一の真実よ」


アンジェリカは一歩踏み込む。

「選ばなければ、誰も救えない。あなたはさっき、一人を救うために一人を殺した。その事実から、どんなに綺麗な言葉を重ねても逃げられないわ」


リュミエラの呼吸が詰まる。

心臓が激しく脈打ち、喉の奥が熱い。

確かに、アンジェリカの言う通りだ。自分は「選んだ」。そして「殺した」。

その罪は、一生消えない。


「……それでも」


リュミエラは、杖を強く握りしめた。


「それでも、人です。数字じゃない、人なんです。……私は、あなたのようにはなれない。アルトさんのようにもなれない。……でも、私は私のやり方で、その『数字の隙間』にある命を、絶対に諦めません!」


沈黙。

重苦しい沈黙が、二人を包み込んだ。

誇りを軸に「切る」ことを是とするアンジェリカ。

現実の重みに潰されかけながらも、「人」であることを捨てないリュミエラ。

交わることのない二つの正しさが、激しく火花を散らしている。


少し離れた場所で、資材の在庫を確認していたアルトが、そのやり取りを無表情に眺めていた。

彼は助け舟を出すことも、仲裁することもしない。


(個体アンジェリカの提示する『責任の所在』。個体リュミエラの主張する『個の尊重』。……不純な衝突だが、システムの進化には不可欠な摩擦か)


アルトにとっては、この対立すらも演算の一部に過ぎない。


「……まだ、使えないわね」


アンジェリカは興味を失ったように視線を外し、踵を返した。

「感情を制御できない兵器は、暴発するだけ。精々、その『人間らしさ』とやらで、自滅しないように気をつけなさい」


リュミエラは何も言い返さなかった。

ただ、アンジェリカの背中を見つめ、それから自分の掌を見つめた。

血の匂いはまだ消えない。

罪悪感も、消えない。


だが、火種は灯った。


アンジェリカの冷徹な「正しさ」を、いつか自分の「理想」で超えてみせる。

それは、折れかけていたリュミエラの心に、初めて生まれた「対抗心」という名の強さだった。


アルトは、リュミエラの傍らに歩み寄った。

「議論が終わったなら、次だ。……五番寝台。魔力供給を再開しろ。出力は一五パーセントに固定だ」


「……はい」


リュミエラは短く答え、再び手をかざした。

その指先は、もう震えていなかった。


第31話、対立の火種。

合理と誇り、そして理想。

辺境の村に渦巻く三つの価値観は、夜明けを前に、より激しく燃え上がろうとしていた。

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