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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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22話:否定

教会の空気は、アンジェリカ・ラファ・ヴァルクレイアが足を踏み入れた瞬間、規律という名の冷気に塗り替えられた。


そこはリュミエラが守り、アルトが最適化した「命の集積所」だ。並べられた寝台、整理された薬草、そして無駄な動きを排した救護体制。公爵令嬢であるアンジェリカの瞳は、その光景を慈悲の心で眺めるのではない。軍略家としての冷徹な視線で、リソースの配分効率をスキャンしているのだ。


「救う?……甘すぎるわ」


アンジェリカの放った一言は、教会の白い壁に反射し、リュミエラの胸に鋭く突き刺さった。


「甘い……とおっしゃるのですか?」


リュミエラは、癒やしの光を宿した手を止め、アンジェリカを真正面から見据えた。

「私は、目の前の命を諦めないためにここにいます。見捨てないことが、私の誇りです」


「誇り。……耳当たりのいい言葉ね」


アンジェリカは一歩、リュミエラとの距離を詰める。ドレスの擦れる音が、沈黙した教会内に不気味に響く。

「選ばない時点で、あなたは選択を放棄している。全員を救おうとすることは、リソースを均等に薄め、結果として『救えたはずの命』まで死に追いやる行為よ。それは慈愛ではなく、決断を恐れる無能の怠慢だわ」


「そんなことはありません!」


リュミエラの声が震える。

「選ぶということは、誰かを見殺しにするということです。そんな権利、誰にも……!」


「権利ではない、義務よ。支配者としての、そして術者としてのね」


アンジェリカの瞳には、一切の揺らぎがなかった。

「救える者を確実に救うために、救えない者を切る。その返り血を浴びる覚悟がない者に、戦場を語る資格はない。あなたは理想という名の盾に隠れて、現実という名の返り血から逃げているだけよ」


リュミエラは言葉を失った。

アンジェリカの言うことは、かつてアルトが告げた「トリアージ」の概念に近い。

だが、根本が違う。

アルトの判断は、感情を排した純粋な「計算結果」だ。そこには個人の意志すら介在しない。

対してアンジェリカが語るのは、誇り高き「選別」だ。自分が責任を持ち、自分の手で命を選び取るという、傲慢なまでの自負。


「……人を、切り捨てることを……覚悟だと言うのですか」


「そうよ。そして、その覚悟がない者が指揮系統に混じれば、システムは内側から腐敗するわ」


アンジェリカが冷たく断じたその時、入口の重い扉が開いた。

現れたのは、アルト・フェルディス。

彼は手に持っていた備蓄資材の報告書を眺めたまま、流れるような動作で二人の間に割って入った。


(心拍数、上昇。魔力波形の乱れ。……議論によるリソースの浪費。非合理的だな)


アルトはアンジェリカを一瞥もしない。ただ、リュミエラの魔力残量を視認し、淡々と告げた。


「議論は後だ。三番寝台の患者、バイタルが低下している。リュミエラ、即座にヒールバレット。出力は二割。……やれ」


「あ……はい!」


リュミエラは、アンジェリカの威圧感から逃れるように、指示された患者へと向き直る。

アルトの言葉には、善も悪もない。ただ「今何をすべきか」という手順だけがある。それが、今の彼女にとっては救いだった。


アンジェリカは、自分を完全に無視して作業を優先するアルトに、わずかに目を細めた。

「……あなたも同類ね。冷たい人間」


それは否定ではなく、同じ「理」の世界に住む者への分類だった。

「あなたの構築したこの場所、そしてこの娘の変容。……徹底した合理化ね。だが、そこに『美学』がない。ただの結果の集積だわ」


アルトは初めて、アンジェリカに視線を向けた。

感情の動かない、深い淵のような瞳。


「美学は生存に寄与しない。生存に寄与しない要素は、俺の演算式には含まれない」


「……そう。どこまでも乾いているのね。ヴァルクレイアの血が求める『高潔な選別』とは、似て非なるもの……」


アンジェリカは、アルトの全身をなぞるように見つめた。

彼の中にあるのは、誇りでも、慈悲でも、あるいは悪意でもない。

ただ、世界を最適化しようとする「機能」そのものだ。


「リュミエラ、次だ」


アルトは、アンジェリカがそこにいないかのように、再び指示を飛ばす。

「物資の搬入経路を再編する。お前は予備魔力の半分をストックしておけ。……アンジェリカ・ラファ・ヴァルクレイア。視察が終わったなら、次は防衛線の強度の監査を頼む。お前の『選別眼』が、どれほど戦場に適合するか測らせてもらう」


「……いいわ。測られるのは嫌いではないもの」


アンジェリカは、ドレスの裾を翻して踵を返した。

彼女の背中からは、選ぶ者の孤独と誇りが滲んでいる。


一方、リュミエラは必死に手を動かしながら、二人の背中を見ていた。

誇りを持って命を切るアンジェリカ。

結果のために感情を殺して回すアルト。


どちらも冷たい。

どちらも正しい。

そして、どちらも――自分にはまだ届かない場所にいる。


「……それでも」


リュミエラは、指先から漏れる光を見つめた。

「私は、誰も見捨てないための『手順』を探します。……二人とも、見ていてください」


否定された理想。

押し付けられた現実。

教会の静寂の中で、三人の異なる「正しさ」が、激しく、静かに軋み始めた。


第22話、否定。

価値観の衝突は、辺境の村をさらなる進化へと押し流していく。

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