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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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21話:公爵令嬢

辺境の村に差し込む昼の光は、復興の槌音と共にあった。だが、その日常的な喧騒は、街道から響いてきた不気味なほど整った足音によって、一瞬にして凍りついた。


漆黒の塗装に金糸の紋章が踊る馬車。それを護衛するのは、先の無能貴族が連れていた者たちとは根本から練度が異なる、王国直属の精鋭騎士たちだ。彼らの鎧は鏡のように磨かれ、一歩一歩が地を揺らす重圧を伴っている。


「……高密度の魔力反応。及び、洗練された規律。ノイズではないな」


アルト・フェルディスは、手元の在庫目録を閉じ、視線だけをその一団へ向けた。


馬車の扉が開き、一人の女性が降り立つ。

アンジェリカ・ラファ・ヴァルクレイア。

その名が告げられるまでもなく、彼女の発する空気そのものが「王国の柱」としての威厳を体現していた。


長く艶やかな髪。一切の皺を許さない完璧なドレス。しかし、何よりも異質なのはその瞳だ。

それは、感情を映す鏡ではなく、世界を構造的に把握するための「レンズ」だった。


アンジェリカは一歩、村の土を踏みしめる。


(……防衛線の再構築、完了。物資の分配比率、最適化。……そして、住民の動線。恐怖による硬直ではなく、役割による流動が見て取れる)


彼女は名門ヴァルクレイア公爵家の嫡子として、幼少より領地経営と軍略の英才教育を受けてきた。彼女にとって、村や都市とは「機能すべき巨大な装置」である。そして今、目の前にあるこの辺境の小村は、彼女が知るどの地方都市よりも、一分子の無駄もなく「機能」していた。


「……」


アンジェリカの視線が村の隅々にまで走る。

修復された柵の角度、罠の配置、そして教会の前に整然と並べられた薬草の乾燥具合。

それらすべてに、共通する「意志」を感じ取った。


「誰がやっているの?」


その問いは、静かだが拒絶を許さない響きを持っていた。

村人たちは言葉を失い、ただ一人、広場の中央で淡々と作業を続ける青年に指を向けた。


アンジェリカは迷いなく歩き出す。

騎士たちが道を作り、場に冷たい緊張が走る。

アルトは、彼女が三歩の間合いに入るまで顔を上げなかった。


「……。あなたが、噂の男?」


アンジェリカの瞳が、アルトをスキャンするように動く。

身なりは粗末な戦装束。剣も特別な名剣ではない。だが、その立ち居振る舞い。

重心の置き方、呼吸の間隔。そして、公爵令嬢である自分を前にしても、心拍数一つ変えない鉄のような精神構造。


「ただの現場担当だ」


アルトの返答は、あまりに簡潔だった。

そこには、階級に対する畏怖も、美貌に対する動揺も、あるいは自身の功績を誇る虚栄心も存在しない。

ただ、問い合わせに対する「応答」という機能だけが働いている。


アンジェリカの眉が、一ミリだけ動いた。

(……嘘ではない。彼は本当に、自分をただの『部品』として定義している)


それは、彼女が今まで出会ってきたどの英雄や策士とも異なる異質さだった。

人は多かれ少なかれ、自分を価値あるものとして飾り立てる。だが、目の前の男にはその「ノイズ」がない。


「そう。現場担当、ね」


アンジェリカは、アルトの横にある納品書を覗き込んだ。

そこには、村の全人口に対する必要カロリーと、残存魔力量、そして次なる襲撃を想定した弾薬消費の予測値が、恐ろしい精度で書き込まれていた。


「この計算、あなたが一人でやったの?」


「論理的な帰結だ。誰がやっても同じ数値になる」


「いいえ。同じ数値に辿り着くための『式』を知っている者は、王国広しといえど片手で足りるわ」


アンジェリカは、アルトを改めて「認定」した。

この男は、先のバルトロのような無能が扱える存在ではない。

あるいは、一介の冒険者として埋もれさせていいリソースでもない。


「私はアンジェリカ・ラファ・ヴァルクレイア。この地の視察、および再編の全権を委任されている。……アルト、と言ったかしら。あなたの『手順』、私に見せなさい」


「好きにしろ。ただし、作業の邪魔をするなら排除する」


広場に、凍りつくような沈黙が落ちた。

公爵令嬢に対し「排除」という言葉を吐いた男を、騎士たちが一斉に睨み据える。

だが、アンジェリカは右手を上げ、それを制した。


「排除、か。……合理的ね。機能しないものは取り除く。それがあなたの基準なのね」


彼女の口元に、わずかな、しかし確かな「愉悦」に近い笑みが浮かんだ。

それは、自分と同等の――あるいはそれ以上の「合理の怪物」に出会った者だけが抱く共鳴だった。


リュミエラは遠くからその様子を眺め、不安そうに指を組んだ。

「……アルトさん。また、凄く厄介な人を引き寄せちゃったみたい……」


エルディアは剣を研ぐ手を止め、赤い瞳を光らせる。

「……公爵家の令嬢か。あの女、ただの飾りじゃないな。アルトと同じ、冷徹な『支配者』の匂いがする」


村の空気は、再び塗り替えられた。

魔物との戦いというフェーズは終わり、次は「国家」と「権力」、そして「真の知略」が交差する、より高度な演算の場へと移行する。


「次に行くぞ。……公爵令嬢、視察を続けるなら付いてこい。時間は無駄にしたくない」


「……ええ。存分に楽しませてもらうわ」


アルト・フェルディス。

アンジェリカ・ラファ・ヴァルクレイア。

二つの巨大な理性が接触した瞬間、辺境の村はもはや単なる小村ではなく、世界を動かす「演算の起点」へと変貌を遂げようとしていた。


第21話、公爵令嬢。

静かなる火花が、青い空の下で散った。

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