2話:救う者と切る者
教会という閉鎖空間は、今や巨大な演算装置の内部と化していた。
アルト・フェルディスが立っている。その周囲には、苦悶に満ちた呻きと、死の気配が濃密に漂っていた。だが、彼の視界にあるのは悲劇ではない。処理すべき膨大なデータ、そして「生存」という解を導き出すための変数の羅列だ。
(リュミエラによる手動の治癒――時速四人。消費魔力、効率に対して過大。術者の損耗率、残り三十分で限界値に到達)
アルトの脳内では、トリアージによって分類された村人たちの命が、冷徹な優先順位に従ってスタックされていた。だが、彼にとって「順位」とは、あくまで手動で行う場合の妥協案に過ぎない。
「下がっていろ、リュミエラ」
「え……? まだ、あの子の手当が……!」
少女は反論しようとするが、アルトの放つ重圧に言葉を失った。
彼は右手を水平に掲げ、手のひらを負傷者たちが横たわる空間全体へと向けた。
(対象数、二十四。個体識別完了。損壊部位の特定――完了。全個体へ最適解を割り振る)
アルトは先ほどリュミエラの魔力からコピーし、独自に「バレット化」した術式を、さらに高度な並列処理へと移行させた。
彼の体内で、魔力循環が加速する。心臓の鼓動が、精密なクロック刻む。
「展開」
その呟きと共に、アルトの背後に無数の「光の粒」が生成された。
それは一粒一粒が、完成された魔術結晶。
「一斉射」
光が弾けた。
通常の魔法使いであれば、これほど広範囲に魔力を放てば、それは単なる「光の散乱」に終わるだろう。しかし、アルトの放ったそれは違う。二十四の対象に対し、正確に追尾し、最短距離で着弾する「誘導弾」だ。
「ヒールバレット・マルチロック」
光の弾丸が、空中で複雑な軌道を描きながら、負傷者たちの体へと吸い込まれていく。
ある者は砕けた脚へ。
ある者は引き裂かれた腹部へ。
ある者は止まらぬ出血の根源へ。
「が、あ……っ!?」
寝台の男が、驚愕と共に声を上げた。
ヒールバレットが着弾した瞬間、組織が強制的に再構築される衝撃が走る。麻酔なしの外科手術に近い、暴力的なまでの回復。だがその速度は、リュミエラの「祈り」を数万倍凌駕していた。
アルトの手は止まらない。
彼は左手も同時に展開し、別の術式を装填する。
「汚染除去を並行。ピュリフィケーションバレット」
今度は青白い光の礫が、負傷者たちの全身を叩いた。
傷口に付着した泥、細菌、壊死しかけた組織。それらが物理的な衝撃と共に「蒸発」していく。化膿して熱を発していた子供の顔から、みるみるうちに赤みが引いていく。
一斉射。
そして、二斉射。
教会の中は、閃光と、肉体が再生する湿った音で満たされた。
「……信じられない」
リュミエラはその光景を、膝をつきながら見ていた。
彼女が自分の身を削り、祈り、時間をかけてようやく塞いでいた傷が、まるで「最初からなかったこと」のように消え去っていく。それも、一人や二人ではない。この場にいる全員が、同時に。
アルトの瞳には、慈悲も悦びもない。
ただ、着弾の精度を修正し、魔力の出力を微調整する職人の冷徹さがあるだけだ。
「……残存魔力、十パーセントを予備として固定。全対象、バイタル安定を確認」
アルトが手を下ろすと、教会の空気が一気に静まり返った。
つい先ほどまで死の淵で喘いでいた者たちが、困惑したように体を起こし始めている。
「……痛くない」
「傷が……消えてる……?」
村人たちの間に、さざ波のような動揺が広がる。それは救われたことへの感謝よりも先に、人知を超えた現象への「畏怖」として現れていた。
アルトはリュミエラを一瞥した。
「これで全員だ」
「……あなたは、一体……」
「効率を求めただけだ。一人ずつ手当していては、次の敵襲に間に合わない」
アルトは平然と言い放つ。
彼にとって、この「奇跡」は、単なる最短経路の選択に過ぎない。
「トリアージは『リソースが足りない時』の手段だ。リソースを最適化し、出力を最大化すれば、トリアージそのものを不要にできる」
リュミエラは言葉を返せなかった。
彼女が抱いていた「誰かを優先し、誰かを後回しにする」ことへの葛藤。それをアルトは、圧倒的な技術と合理性という名の「暴力」で、物理的に解決してしまった。
理想を語る彼女の横で、彼は現実を力ずくで書き換えたのだ。
アルトは、もはや歩けるようになった老兵の横を通り過ぎ、教会の出口へと向かう。
「リュミエラ。君の魔法には『心』があるのかもしれないが、俺の魔法には『結果』しかない」
彼は扉に手をかけ、振り返らずに続けた。
「死なせたくないなら、君も弾丸を覚えることだ。祈る時間は、平和になってからいくらでもある」
アルトはそのまま外へ出た。
土埃の舞う辺境の空気。
西に傾き始めた太陽が、彼を冷たく照らす。
彼の頭脳は、すでに次の工程――村の防衛設備の構築へと移行していた。
水は確保した。物資は整理した。医療も正常化した。
(残るは、戦力。……この村の住民を、最低限の『防衛ユニット』として稼働させる必要がある)
アルト・フェルディス。
救済を目的とせず、ただ「生存」という解のために、彼はこの村というシステムを、完璧に作り変えていく。
彼が歩く後ろには、ただ圧倒的な「結果」という名の静寂が残されていた。




