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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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1話:合理の男

アルト・フェルディスにとって、世界は数式と効率の集積体に過ぎない。


村の中央、水位の戻った井戸を前に、アルトは冷徹な分析を継続していた。先ほど水魔法で無理やり引き上げた水は、あくまで「量」を確保したに過ぎない。水質は劣悪だ。泥、細菌、あるいは上流から流れ込んだ不純物。これらを放置すれば、次に待っているのは疫病による全滅である。


(水質改善、急務。……だが、従来の魔術構成では変換効率が低すぎる)


アルトは教会の奥で見た少女、リュミエラの魔力行使を脳内で再構築していた。

彼女の放っていた「浄化」の輝き。それは美しかったが、あまりに散漫だった。空間全体をぼんやりと包み込むような指向性のない放射。それでは対象に届くまでに半分以上の魔力が霧散してしまう。


(魔力循環、再定義。拡散ではなく、収束。放射ではなく、貫通)


アルトは自身の体内の魔力回路を駆動させる。

心臓を起点とし、四肢の末端まで巡る魔力の流れ。彼はそれを「血」としてではなく「演算資源」として扱う。余分な熱を捨て、抵抗を極限まで削ぎ落とす。


彼の思考は、リュミエラの「癒やし」と「浄化」の術式をバラバラに分解し、最小単位の部品へと還元していった。


回復魔法――それは通常、祈りや詠唱を介して発動する。しかし、アルトにとって言葉はノイズでしかない。本質は、事象を書き換えるための魔力の「指向性」と「ベクトル」だ。


(詠唱を破棄。術式を圧縮。物理弾道に置換する)


アルトの指先に、米粒ほどの光の塊が生成された。

通常の魔法使いが見れば、それは未完成の失敗作に見えただろう。だが、その極小の球体の中には、リュミエラが教会全体に広げた魔力と同等、あるいはそれ以上の密度が詰め込まれている。


「――バレット化」


概念の固定。

彼は回復魔法を「弾丸バレット」へと変質させた。


まずは、治療の効率化。

「ヒールバレット」

対象の創傷部位のみをピンポイントで打撃し、細胞分裂を強制励起させる。余計な部位に魔力を分配しないため、消費は従来の十分の一以下。


次に、魔を退ける聖属性の凝縮。

「ホーリーバレット」

拡散する光を極細のレーザー状に固定し、不浄を焼き切る。


そして、今この場に必要なもの。

「ピュリフィケーションバレット」


アルトは井戸の淵に立ち、水面を見下ろした。

右手の指先を水面に向け、照準を固定する。

彼が見ているのは水の表面ではない。溶け込んでいる汚染物質の分子構造だ。


「……計算完了。投射」


発射音はない。ただ、空気がわずかに震えた。


指先から放たれた目に見えぬ「弾丸」が、井戸の深部へと突き刺さる。

それは着弾した瞬間、水中で幾何学的な連鎖反応を引き起こした。


ピュリフィケーションバレットは、水分子そのものには干渉せず、そこに混じった「異物」のみを選択的に分解・中和する。バレットから放たれた極小の魔力の波が、水中で超音波のように反響し、井戸の底から壁面に至るまでを洗浄していく。


一秒。

二秒。


濁っていた泥水が、まるで魔法の帳を剥がされたかのように、一気に透き通っていく。

底に沈んだ小石の形がはっきりと見えるほどに、水は清冽な輝きを取り戻した。


「な、なんだ……?」


様子を伺っていた村人が一人、恐る恐る井戸を覗き込んだ。

その男は絶句した。


「水が……光ってる……?」


「光ってはいない。不純物を除去したことで全反射効率が上がっただけだ」


アルトの声はどこまでも平坦だ。

彼は立ち上がり、指先に残った魔力の残滓を霧散させた。


(一発で村全体の水源をカバー。……燃費は許容範囲内。これで飲用不適合による戦線離脱者は防げる)


「待ってください!」


背後から声がした。教会にいたはずのリュミエラだ。

彼女は息を切らし、信じられないものを見る目でアルトを見つめていた。


「今のは……聖教会の浄化魔法ですか? でも、あんな……あんなに速く、無詠唱でなんて……。それに、その使い方は……」


「効率を求めた結果だ」


アルトは振り返り、彼女を観察する。

肩で息をしている。魔力の残量が心もとない。


「君の魔法は『祈り』だ。だが、俺の魔法は『処置』だ。祈りで人は腹は膨れないし、毒も消えない。ただの心理的緩和に過ぎない」


「そんな……。癒やしは心と体が共にあるものです!」


リュミエラは反論するが、目の前の透明な水がその言葉を遮る。

彼女が半日かけてもできなかった井戸の浄化を、この青年は瞬きする間に終わらせてしまった。


「リュミエラ。理想は食料と安全が確保されてから語れ」


アルトは彼女の横を通り過ぎ、再び村の入り口へと歩き出す。


「ピュリフィケーションバレットの術式構造は、君の放出パターンを参考にした。権利を主張するなら後で聞くが、今はその使い古した魔力で、まだ死んでいない負傷者を優先しろ」


「待って……。私を、コピーしたというのですか? 一度見ただけで?」


「単純な構造だったからな。君の魔力操作は無駄が多いが、出力の『純度』だけは評価できる」


アルトは足を止めずに言葉を続ける。


「次に行くぞ。医療体制の再構築だ。君の回復魔法を弾丸化して撃ち込む。痛みは伴うが、治癒速度は三倍になる。……付いてくるか?」


リュミエラは、目の前の背中を見つめた。

冷たく、傲慢で、しかし圧倒的に正しい男。

彼が提示するのは救済という名の作業だった。


だが、この村が生き残る道は、その冷徹な手順の中にしかないことを彼女の理性が告げていた。


「……行きます。あなたのやり方が、本当に正しいのか、この目で見極めるまで」


「勝手にしろ。ただし、足は引っ張るな」


アルトは懐から銀色の懐中時計を取り出し、時間を確認した。


(日没まで、あと三時間。防壁の補強、罠の設置。……スケジュールは過密だな)


合理の男は、感情を切り離し、次なるタスクへとその冷徹な思考を走らせた。

辺境の村に、かつてない「変革」という名の嵐が吹き荒れようとしていた。

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