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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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18話:完全制圧

夜の静寂が、戦場を支配した。


第二ラインの木柵前には、もはや動く魔物の影はない。あるのは「排除」という名の演算によって積み上げられた骸の山だけだった。


アルト・フェルディスは、剣の血を無機質に払い、鞘に収めた。

彼の網膜には、鑑定スキルが最終的なリサーチ結果を投影している。

(敵対個体反応、ゼロ。村人生存率、一〇〇パーセント。……防衛フェーズ、完遂)


「……本物だ」


傍らで大剣を収めたエルディアが、低く、重みのある声を漏らした。

彼女のような戦場の獣にとって、強さとは暴力の多寡ではない。どれほど極限の状態にあっても、自らの「意志」ではなく「理」によって場を支配し続けられるかだ。アルトという存在は、彼女の戦士としての基準を根底から書き換えていた。


「評価は不要だ。……エルディア、周囲の警戒を継続しろ。リュミエラ、負傷者の再検分。……ただし、今は全員リソースの底が見えているはずだ。次の作業の前に、強制的な『補填』を行う」


アルトはそう言い捨てると、魔物の死骸が重なる中心へと歩み寄った。


「アイテムボックス、展開。自動解体オート・サルベージ術式、起動」


空間が波打ち、巨大な魔物の死骸が次々と虚空へと吸い込まれていく。

ボックスの内部では、アルトの緻密な魔力制御による「非接触解体」が実行されていた。

肉から骨を、骨から魔石を。そして、戦闘中に蓄積された不浄な残留魔力を、ピュリフィケーションの術式によって瞬時に中和・分離していく。


「……素材の選別、完了」


アルトが手をかざすと、空間から「処理済み」の肉の塊と、透明な水が満ちた大鍋が現れた。

彼はその場に簡易的な魔力コンロを構成し、強火で一気に沸騰させる。


(魔力煮込み(マナ・シチュー)。成分組成:タンパク質、脂質、及び残留魔力の再構成。……目的は、疲弊した細胞の強制修復、および魔力回路の急速充填)


アルトの指先から、バレット化された幾つかの術式がスープの中に撃ち込まれる。

それは味を調えるための調味料ではない。栄養分を分子レベルで安定させ、即時吸収を可能にするための「触媒」だ。


やがて、夜の冷気に抗うような、重厚で芳醇な肉の香りが広場に漂い始めた。


「摂取しろ。これは『食事』という名のメンテナンスだ」


アルトは、木製の器に盛り付けたスープを、まずは崩れ落ちるように座り込んでいたリュミエラに手渡した。


「……ありがとうございます、アルトさん。……うわぁ、温かい」


リュミエラが震える手でスープを一口、口にする。

その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。


「……美味しい! それに……なんだか、身体の中から熱い力が湧いてくるみたいです」


「当然だ。魔物の魔核付近の肉を、お前の魔力波形に合わせて調整した。それは直接、お前の枯渇した魔力回路マナ・ゲートに流し込まれる」


リュミエラの蒼白だった頬に、みるみるうちに朱が差していく。

昨日までの「ただ救いたい」という祈りが、アルトの与えた「力」という名の結果によって支えられていく。彼女は喜びを噛みしめるように、二口、三口とスープを運んだ。


「村人の皆さんも! これ、飲んでください! 傷が治るだけじゃなくて、元気になれます!」


リュミエラの明るい声に、恐怖に震えていた村人たちが一人、また一人と器を手に取る。

「うめぇ……」「身体が軽いぞ!?」

絶望の淵から生還した彼らにとって、その温かいスープは、アルト・フェルディスという無機質な男がもたらした、唯一の温もりのように感じられた。


次に、アルトはエルディアに器を差し出した。

彼女は無言でそれを受け取り、じっと中身を見つめた。


「……解体から調理まで一分足らずか。効率を極めた挙句、食材の魔力特性まで計算に入れているとはな。貴様、戦場を厨房と履き違えているのではないか?」


「生き残るための補給に場所は関係ない」


エルディアはスープを啜った。

一瞬、彼女の眉がピクリと跳ねる。

強靭な身体を持つ彼女であっても、アルトが精製した高純度の魔力スープがもたらす「浸透速度」には驚きを隠せなかった。


「……感心した。味を度外視した効率特化かと思えば、喉を通る際の抵抗まで計算されている。筋肉の弛緩がこれほど速い食事は、王宮の薬師でも作れまい」


「味覚受容体への刺激は、精神的な摩耗を二五パーセント軽減させる。それもまた、生存への変数だ」


アルトは淡々と答えながら、自分用のスープを一口飲んだ。

彼にとっては、この称賛もまた「予測値」の範囲内だ。


「アルトさん!」


リュミエラが、空になった器を持って駆け寄ってきた。その瞳には、最初に出会った時の戸惑いはもうない。


「私、もっと強くなりたいです。このスープみたいに、皆を支えられるように。……また、教えてくれますか?」


アルトは、月明かりの下で少女を真っ直ぐに見据えた。


「手順は増える。……お前の演算能力が追いつく限りはな」


「はい!」


少女の笑顔が、夜明け前の暗闇をわずかに照らす。


エルディアは、その二人を少し離れた場所から眺め、再びスープを口にした。

(合理、か。……この男が描く図面の上では、死すらも一つのエラーに過ぎないらしい)


完全制圧。

それは、辺境の小村に刻まれた「絶対的な生存」の証明だった。

アルト・フェルディスという一人の男がもたらした、感情を排した果ての、最も優しい「正解」。


彼らは今、温かな湯気の向こうに、確かな「明日」とAいう名の演算結果を見つめていた。


第18話、完全制圧。

夜明けが、静かに、だが着実に近づいていた。

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