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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 二回戦

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隠し駒

「さて、と。それじゃあ、俺も次の試合の準備運動でもしてくるかな。しおりも、次の試合まで時間があるなら、軽く体を動かしておけよ。」


 顧問の先生の激励を受け、部長は気持ちを新たにしたように、パンパンと自分の頬を叩いた。


 彼が私を「しおり」と呼ぶのは、あの鬼塚との一戦以来、自然なこととして定着しつつあった。


「はい、部長先輩!しおりちゃん、一緒に行こっ!」


 あかねさんが、私の手を引きながら元気よく言う。彼女の私に対する言葉遣いも、親しい友人に対するそれへと変わっていた。


 私の分析モデルにおいて、この変化は「関係性の深化」を示すポジティブな指標として記録される。


「…ええ、あかねさん。」


 私は短く応じ、二人と共にウォーミングアップや他の試合の観戦をするために、一度その場を離れた。


 顧問の先生は、他の部員たちのサポートや、大会運営の手伝いへと向かったようだ。


 しばらくして、男子シングルス二回戦のコールが体育館に響き渡り始めた。


 その中に、部長の名前も呼ばれる。


「――第二コート、第五中学校、部長猛選手、城南中学校、後藤護選手!」


「よし、行ってくるぜ!」


 部長は、私たちに力強く言い放ち、自信に満ちた足取りで第二コートへと向かう。


 その背中からは、先ほどの鬼塚戦で見せたような、怒りや気負いとは異なる、純粋な闘志と、試合への集中力が感じられた。


 対戦相手の後藤護選手は、既にコートで待っていた。

 長身で、しなやかな体躯。


 その佇まいは、いかにも正統派のドライブマンといった風情で、落ち着いた自信を漂わせている。


 彼が纏う靄は、クリアな青色を基調とし、その中に強い集中を示す白色の光が混じっている。


 鬼塚選手のような、濁った悪意の色は一切感じられない。純粋な強者だ。


 …後藤選手。


 データ上、精神的安定性は高く、技術レベルも県大会上位クラス。


 部長のパワーに対し、回転量の多いドライブと、巧みなコース取りで対抗してくる可能性が高い。接戦が予測される。


 私は、コートサイドの観戦スペースから、冷静に分析を開始する。


「部長先輩、頑張れー!」


 あかねさんが、大きな声で声援を送る。


 ふいに部長と後藤選手が話し始める。


「帰ってきたか、赤木。待っていたよ。」


 なんの話だろうか、部長は少し間を置いて、口を開く


「…ああ、かわいい後輩に手を引かれてな、今度こそ守ると決めたんだ。悪いが、あいつと同じ舞台にあがるために、通してもらうぞ。」


 よくわからない会話が終わり、試合が始まる。


 試合は、後藤選手のサーブから始まった。滑らかなフォームから放たれるサーブは、回転が読みにくく、コースも厳しい。


 部長は、序盤、そのサーブにやや苦戦し、レシーブミスや甘い返球で数ポイントを先行される。


「くそっ、あのサーブ、見えにくいな…!」


 部長が悔しそうに呟く。


 しかし、中盤以降、部長は持ち前のパワーと、そして鬼塚戦で見せた戦術的な柔軟性を発揮し始める。


 相手のドライブの回転量を見極め、力強いカウンタードライブを叩き込む一方、時には回転を殺したブロックや、意表を突く短いストップで相手のリズムを崩す。


 特に、私との練習で意識し始めたのか、以前よりもネット際の処理が格段に向上しているように見えた。


 …部長、対戦相手の特性に合わせ、戦術を最適化している。


 学習能力、及び応用能力が高い。鬼塚戦での経験、いや、それより前の経験と、私との練習データが、彼のプレイの中で融合し、効果的に機能している。


 後藤選手も、さすがはキャプテンといったところで、部長のパワーと変化に食らいついてくる。


 両ハンドから放たれるドライブは重く、正確だ。台から少し距離を取り、広角に打ち分ける戦術で、部長を左右に揺さぶる。長いラリーの応酬。


 互いに一歩も譲らない、ハイレベルな攻防が続く。


 体育館の観客たちも、その迫力あるラリーに息をのみ、ポイントが決まるたびに大きなどよめきと拍手が起こる。


 第一ゲームは、デュースにもつれ込んだ末、部長が気迫のフォアハンドでねじ伏せ、14-12で先取した。


「しゃあ!」


 拳を握りしめ、雄叫びを上げる部長。


 その顔には、強敵との戦いを楽しんでいるかのような、充実した表情が浮かんでいる。


 第二ゲームも、同様に一進一退の展開となった。


 後藤選手は、第一ゲームの反省からか、よりコースを厳しく突き、部長のフォアハンドを封じようと試みる。


 部長も、それに対してバックハンドでの対応や、フットワークを駆使した回り込みで対抗する。


 …後藤選手の戦術変更は有効だ。


 部長のフォアへの依存度を低下させ、バックハンドでのミスを誘発しようという意図。


 ただし、部長のフィジカルと精神力は、それを補って余りある。


 スコアは、8-8、9-9と、息詰まるシーソーゲーム。どちらが先にゲームポイントを握るか。


 部長の放ったドライブが、後藤選手のバックサイド深くに突き刺さる。


 後藤選手は、苦しい体勢から何とか返球するが、ボールは高く、そして甘く浮いてしまった。絶好のチャンスボール。


 誰もが部長のスマッシュを予測した、その瞬間。


 部長は、その甘いボールに対し、あえて強打せず、ラケット面を僅かに横に滑らせるようにして、ボールの側面を捉えた。


 それは、強打を予測して後ろに下がった後藤選手の完全に逆を突く、サイドスピンをかけた流し打つようなドライブだった。


 ボールは、ネットすれすれを鋭く横切り、相手コートのサイドラインぎりぎりに吸い込まれるように落ちた。


「なっ…!」


 後藤選手は、その予測不能な一打に一歩も動けない。


 静寂が一瞬、コートを支配する。そして次の瞬間、割れんばかりの歓声が沸き起こった。


「す、すげええええ!今の見たか!?」


「あんな技も持ってたのかよ!」


 …あの打球。私が時折使う、サイドスピンをかけたドライブの軌道に類似している。


 ただし、より直線的で、威力がある。彼自身のスタイルに昇華させているのか。興味深い。


 私の分析は、彼の成長の軌跡を捉える。


 そのポイントでゲームポイントを握った部長は、続くポイントも気迫で押し切り、第二ゲームも連取した。


 後藤選手は、明らかに動揺していた。


 彼の計算された卓球が、部長の予測不能なパワーと、そして時折見せる意外な技巧の前に、少しずつ狂い始めている。


 私の「静寂な世界」は、この熱い戦いを目の当たりにし、そしてその中に自分との練習の成果が垣間見えることに、ほんのわずか。


 しかし確かな「高揚」のようなものを感じ始めていた。


 それは、まだ言葉にはできない、新しい感情の萌芽だった。

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