魔族の皮肉屋貴公子、ご来店。デパ地下の『極上中華デリと生ビール』の前に、高貴な仮面が崩れ去る。
魔族の皮肉屋貴公子、ご来店。デパ地下の『極上中華デリと生ビール』の前に、高貴な仮面が崩れ去る。
「……なぁ、社長。俺、昨日『そのうち魔王とか来そうだぞ』って言ったよな?」
「はい、おっしゃってましたね」
「フラグ回収が早すぎねぇか?」
ジークがジト目で指差す先。
デパートの入り口に、一人の見目麗しい青年が立っていた。
プラチナブロンドの髪に、仕立ての良い漆黒のフロックコート。その耳は人間よりも少し尖っており、彼が『アバロン魔皇国』の高位魔族であることを示している。
ただ、その美貌に似合わず、彼の背中からはこの世の終わりのようなドス黒いオーラが漂っていた。
「……あり得ない。私の緻密な計算と過去のデータ分析によれば、あのレースで大穴のジオ・リザードが勝つ確率はたったの二パーセント未満だったはず。運命とは、かくも非論理的で残酷なものか……」
青年はブツブツと哲学的な文句を垂れながら、口に咥えた高級ポポロシガーから紫煙を吐き出していた。
どうやら彼、ポポロ村の野外競馬場で大負けして、絶望のままに村を彷徨っていたらしい。
「カモ……いや、超VIPのお客様やで!!」
ニャングルが、目にも留まらぬ速さで青年にすり寄った。
彼の身なりから、隠しきれない『莫大な富』の匂いを嗅ぎ取ったのだ。
「いらっしゃいませ、旦那! 競馬でひと勝負された後ですかいな? 当店は今話題の『デパート・コトネ』! 負けた憂さを晴らす極上の酒とアテ、用意してまっせ!」
「……ふん。薄汚い商人が。私はアバロン魔皇国の貴族、ルーベンスだ」
青年――ルーベンスは、皮肉めいた笑みを浮かべてニャングルを見下ろした。
「私のような高貴な存在が、こんな辺境の得体の知れない店で舌を濁すと思うか? 私が求めるのは、緻密に計算された美学と、この苛立ちを忘れさせるほどの圧倒的な刺激だ。中途半端なものを出せば、闇魔法でこの店ごと塵にするぞ」
冷たい殺気がテラス席を包む。
しかし、ニャングルは全く動じず、ニヤリと私の方を振り返った。
「コトネはん! 『最高に美味くて、最高に下世話で刺激的なヤツ』頼むわ!」
「はい、承知いたしました!」
私は厨房の奥で、小さくガッツポーズをした。
高貴な貴族様が、イライラした気分の時に求めるもの。パティシエとして、そしてデパ地下の惣菜を知り尽くした者として、正解は一つだ。
気取ったフランス料理なんかじゃない。
圧倒的なカロリーと、油と、アルコールの暴力だ。
「発動――【デパート】。中華惣菜コーナー、並びに屋上ビアガーデン!」
私はスキルを発動し、最高の中華デリと、魔法のように冷やされたジョッキを取り出した。
「お待たせいたしました! 当デパート特製『極上・中華惣菜セット』と、『キンキンに冷えた生ビール』です!」
私がルーベンスさんのテーブルに運んだのは、黄金色の見事な『羽根』がついた大ぶりの黒豚焼き餃子。
そして、高級食材を惜しげもなく使った、海鮮XO醤のパラパラ黄金チャーハン。
極めつけは、表面に薄っすらと霜が張るほど冷やされたジョッキに、黄金比(7:3)で注がれた生ビールだ。
「……なんだ、この下等な料理は」
ルーベンスさんは眉をひそめた。
「油でギトギトに光る謎の包み焼きに、穀物をただ炒めただけの代物。それにこの黄金の液体はなんだ? 私は年代物の赤ワインか、最高級のサケスキーを要求したはずだが」
「騙されたと思って、まずはその黄金の液体(生ビール)を一口飲んでみてください」
私が自信満々に促すと、ルーベンスさんは「やれやれ」と芝居がかったため息をつき、冷えたジョッキを手に取った。
そして、不満げに一口、喉に流し込む。
「――――ッ!?」
ルーベンスさんの肩が、ビクゥッ!と大きく跳ねた。
「な、なんだこの狂ったような冷たさは……!? 極限まで冷やされた液体が、強烈な炭酸と共に喉の奥を突き刺してくる! そして後に残る、麦の芳醇な香りとキレのある苦味……! 私の知るエール酒のような生温さがない、これは……完璧な温度管理(ルビ:サーモ・コントロール)の結晶だ!」
「そのまま、餃子(謎の包み焼き)をどうぞ」
「む、むぅ……」
ルーベンスさんは箸を手に取り、羽根つき餃子を一つ口に放り込んだ。
パリッ。
小気味良い音を立てて羽根が砕け、もっちりとした皮が破れる。
ジュワァァァァァァッ!
その瞬間、超高温の肉汁が口の中に爆発した。
最高級黒豚の強烈な旨味と、ニンニク、ニラのパンチの効いた香りが、魔族の鋭敏な味覚と嗅覚を容赦なく蹂躙していく。
「あ、あつっ……! なんだこの破壊的な肉汁は! それにこの暴力的な香草の香り……! 高貴な私の味覚が、こんなジャンクな刺激に……っ!」
ルーベンスさんは額に汗を浮かべながら、たまらず生ビールをあおった。
濃厚な餃子の油を、キレのある冷たいビールが洗い流す。
――餃子、ビール。餃子、ビール。
「あぁぁ……ッ!! たまらん!! なんだこの論理的特異点(ルビ:マリアージュ)は!!」
ルーベンスさんは、もはやフロックコートのボタンを引きちぎる勢いで胸元をはだけさせ、完全に足を組んでオヤジ座りになっていた。
「おい姉ちゃん! このチャーハンもヤバいぞ! 米粒一つ一つが油でコーティングされてパラパラなのに、噛めば海鮮の旨味がドカンと来る! ビールおかわりだ! あと餃子も追加でもう二皿持ってこい!!」
「はーい、ただいま!」
皮肉屋の貴公子の面影はどこへやら。
そこには、休日の競馬帰りに場末の居酒屋でクダを巻く、ただの『最高に幸せそうなおっさん』が爆誕していた。
「ぷはぁぁぁぁっ! 最高だ! 競馬の負けなんてどうでもよくなったぜ! この店、俺の行きつけにしてやる!」
すっかり出来上がったルーベンスさんに、ニャングルがスススッと『黒いカード』を差し出した。
「毎度おおきに! ルーベンスはん、当店をえらく気に入ってくれたみたいでんな。そんな貴方に、優先的にテラス席を確保できる『VIPブラックカード・永久会員権』をご用意しましてん」
「おおっ、VIPか! いい響きだな!」
「入会金ならびに初年度年会費、合わせて金貨三百枚になりまーす。契約書はコチラ!」
「安い安い! これで毎日この餃子とビールが並ばずに食えるならタダみたいなもんだ! サインしてやる!」
ルーベンスさんは酔った勢いでポンポンとハンコ(魔力印)を押し、空間魔法のポーチから大量の金貨が入った袋をドサッとテーブルに置いた。
「チョロォォォォォッ!!!」
ニャングルが歓喜の悲鳴を上げ、金貨の袋に頬ずりをする。
「社長……うちの財務担当、魔王国の貴族を完全にカモにしてるぞ。あとで暗殺されないだろうな」
「大丈夫よ、ジークさん。美味しいものに国境も身分もないんだから!」
私は追加の餃子を焼きながら、ふふっと笑った。
こうして、ルナミス帝国軍の兵站を握ったのに続き、アバロン魔皇国の上層部という強力なパトロンまで手に入れてしまった私たち。
しかし。
莫大な金貨が動き、各国の軍と要人を次々と籠絡していく『辺境のデパート』の異常な噂は、ついに最悪の愚か者たちの耳に届くこととなる。
『――ポポロ村のコトネだと? あの地味女が、巨万の富を築いているというのか!』
ルナミス帝国の王都で、私を追放した第一王子と、炎上神ワイズの加護を受けた勇者ゼロスが、私の利権を奪い取るべく不穏な動きを始めていたのである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第9話、魔族の皮肉屋貴公子・ルーベンスをご案内しました!
気取った態度で登場した彼でしたが、競馬負けのストレスと『餃子&生ビール』という最強の親父コンボの前に、見事に陥落してしまいました。
そしてすかさずVIP会員権を高額で売りつけるニャングル、流石すぎます(笑)。
さて、三国同盟軍の胃袋を掴み、神々や魔族の要人まで顧客にしたコトネのデパート。
しかし次回、ついに『ざまぁ』の標的である元婚約者(第一王子)と、炎上勇者ゼロスがポポロ村に向けて動き出します!
彼らのハリボテの権力と武力が、デパート陣営にどう粉砕されるのか!?
スカッと爽快な第10話をお楽しみに!
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