↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された元パティシエ令嬢、追放先で【デパート】を開業!守銭奴商人と規格外護衛を雇ったら、三カ国の軍と胃袋を支配してました  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/76

第八章 アバロン・ドリーム・プロジェクトの崩壊と、魔王のお仕置きギブアップ

ポポロ・コーポの格差社会 ~すき焼きの香りと、もやしの怨嗟~

ポポロ村の端に建つ、木造三階建ての独身アパート『ポポロ・コーポ』。

その一階にある男女別・共同食堂は、夕時になると村の住人や居候たちが集い、それぞれの夕食をとる憩いの場となっている。

「皆様、本日は急に冷え込んできましたので、当【百貨店シュクル】のデパ地下惣菜コーナーより、心も体も温まるお鍋のセットや、特製弁当をご用意いたしましたわ!」

私は純白のエプロンを身に着け、魔導コンロの上に次々と温かい料理を並べていた。

ジークさんはすでにコタツ席を陣取り、タローマンのジャージ姿で『デパ地下特製・カツ煮込み定食』を無言でかき込んでいる。キャルルさんも自警団の夜回り前に『特上天丼』を美味しそうに頬張っていた。

だが、そんな温かく幸福な食堂の隅っこで、この世の終わりのような暗いオーラを放っているテーブルが一つだけあった。

「……シャキ、シャキ……」

「……モグ、モグ……」

永遠の十七歳を自称する女神ルチアナと、人魚姫にして元王女の地下アイドル、リーザである。

二人の前にあるのは、デパートの華やかな弁当ではない。タローマート(スーパー)の特売で一袋十円相当で買ってきたモヤシを、塩だけで炒めた『もやし炒め定食(肉・油なし)』であった。お皿はなぜか刑務所のような薄っぺらいアルミ皿である。

「……ねえ、リーザ。私、もやしを食べてるのに、目を閉じると頭の中に大トロの幻影が浮かんでくるの。病気かしら」

ルチアナが、死んだ魚のような目で虚空を見つめながら呟いた。

「病気ですわ。それも、深刻な『金欠病』という不治の病ですの。……ああ、もやしぃ。もやしぃ、くやしぃ……お寿司が食べたいですわーッ!」

リーザがアルミ皿に突っ伏し、血の涙を流して慟哭する。

つい先日、悪徳情報商材屋・鮫島剛に騙されてトイチのローンを組まされ、あわやマグローザ漁船行きという地獄を見たばかりの二人。

借金自体はニャングルさんの冷酷な法務処理によってチャラになったものの、彼女たちが日々のガチャやパチンコに全財産を突っ込んでいるという『自転車操業の現実』は何も変わっていなかった。

「……うぅ。あんなに危険な目に遭ったのに、結局私たちの手元には一円も残らなかったのね。お賽銭型掃除機で吸い取った魔獣キメラの魔石も、全部没収されちゃうし……」

「世の中、不条理ですわ。どうして私たちには『不労所得』が降ってこないんですの……!」

二人が己の欲望と怠惰を棚に上げ、資本主義の壁に絶望していた、その時である。

「あら、コトネ。私の注文していた『お取り寄せセット』、届いているかしら?」

カツン、カツンと上品なヒールの音を響かせ、食堂に現れたのはアバロン魔皇国の女帝、魔王ラスティアであった。

漆黒のゴスロリドレスに身を包んだ彼女は、もやしをすする二人の隣のテーブルに優雅に腰を下ろした。

「ええ、ラスティア様。お待ちしておりましたわ。ご注文の品、極上の状態でお持ちいたします!」

私は満面の営業スマイルで、特製のカセットコンロと、重厚な南部鉄器のすき焼き鍋、そして美しく盛り付けられた食材をラスティアのテーブルへ運んだ。

「本日の特注ディナーは、【デパ地下厳選・A5ランク松阪牛の特上すき焼きセット】でございますわ! お肉は美しい霜降りが舌の上でとろける最高級部位。さらに、こだわりの『烏骨鶏の濃厚卵』と、ポポロ村で採れた新鮮な『たまんネギ』をご用意いたしました!」

「まぁ……! 素晴らしい霜降りのサシね。見ているだけで魔力がみなぎってくるわ♡」

ラスティアはウットリと微笑み、カセットコンロに火を入れた。

そして、熱した鍋に牛脂をスッと引く。

ジュァァァァァァァッ……!

牛脂が溶ける暴力的なまでの良い音が食堂に響き渡った。

そこに、大判のA5ランク黒毛和牛を惜しげもなく投入する。

ジュウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!!

肉の焼ける音と共に、甘辛い特製の割り下(醤油、砂糖、みりんの黄金比)が焦げる、狂おしいほどの芳醇な香りが一気に爆発した。

さらに、ネギの焼ける香ばしさと、豆腐や春菊がグツグツと煮込まれる音が重なり合う。

「「――――ッッ!!?」」

隣のテーブルで塩もやしを咀嚼していたルチアナとリーザの動きが、落雷に打たれたようにピタリと停止した。

二人の鼻腔に、抗いがたい『すき焼きの暴力』が容赦なく侵入してくる。

「……うふふ、ちょうどいい焼き加減ね」

ラスティアは、黄金色に輝く烏骨鶏の溶き卵の中に、割り下をたっぷりと吸い込んだ極上の肉をくぐらせた。

トロリと卵が絡んだお肉を、そのまま上品に口へと運ぶ。

「んん〜っ♡……お肉が、歯を立てる前に口の中で溶けちゃったわ。お醤油の甘辛さと、卵のコクが完璧に絡み合って……まさに絶品ね♡」

ラスティアは両頬を押さえ、天を仰いでうっとりとため息をついた。

「ギ……ギギギギギギッ……!!」

ルチアナが、手に持っていた割り箸を「パキィッ!」と真っ二つにへし折った。

「ちょっと! ちょっとおおおおおっ!! ラスティア!!」

ルチアナはアルミ皿を放り投げ、血走った目でラスティアのテーブルへと身を乗り出した。

「あら、どうしたのルチアナ? お肉が焼ける煙が目に染みたかしら?」

「煙じゃないわよ! 羨望の涙よ!! あんた、なんでそんなに超高級な美味しい物を食べてんのよ!!」

ルチアナの絶叫に呼応するように、リーザもテーブルの端にガシィッ! としがみついた。

「そうですわ! この間のお寿司の時も、あなただけ大トロやウニを山ほど食べてましたわよね!? このすき焼きセットだって、金貨数枚(数万円)は下らないはずですわ!」

リーザがよだれを垂らしながら抗議する。

「おっしゃる通り、金貨五枚のフルコースでございますわ」

私が横からすかさず補足すると、二人は「ひぃぃっ! 私たちのもやし一年分ですわ!」と頭を抱えた。

「あんた、アバロン魔皇国の国家予算をまた横領したわね! 国民が血税を納めているのに、魔王が一人ですき焼きを食べてるなんて許されないわ! ヴァルキュリアにチクってやる!」

ルチアナが喚き散らすが、ラスティアは冷えたシャンパングラスを傾けながら、ふふっ、と艶やかに笑った。

「失礼ね、人聞きの悪い。これは純粋に、私の『お小遣い稼ぎ』が上手くいっているだけよ。……悪いわね、ルチアナ、リーザ。世の中、頭の良い人間(魔族)のところにお金が自動で集まってくるシステムができているのよ♡」

「き、キィィィィィィィィィィィッ!!」

ルチアナがハンカチをギリギリと噛みちぎらんばかりに悔しがる。

(……ふふふ。笑いが止まらないわね♡)

すき焼きの豆腐を口に運びながら、ラスティアの内心はドス黒い歓喜に満ち溢れていた。

最近、彼女の個人裏口座には、毎日のように莫大な額の金貨が自動送金(チャリンチャリン)されているのだ。

その出所は、突如として大陸に現れた『アバロン・ドリーム・プロジェクト(ADP)』なる怪しげな討伐ギルド。

彼らは「魔王ラスティアを倒して1億円の懸賞金を手に入れよう!」と銘打って、大陸中の若者から10万円の参加費を巻き上げているポンジ・スキーム(ネズミ講)組織である。

その首謀者である白スーツの男――円城寺明と、ラスティアは裏で完全に繋がっていた。

『参加費の30%を魔王様に上納します。その代わり、ウチの会員が魔王城に突撃してきた時は、適当に手加減した魔法で追い払って、絶対に倒されないようプロレスを演じてください』

円城寺から持ちかけられたその八百長ビジネスに、ラスティアは二つ返事で乗った。

だって、玉座に座って適当に指パッチンで魔法を放つだけで、信じられないほどの不労所得が手に入るのだから。おまけに、吹っ飛んでいく会員たちの様子をゴッドチューブで生配信すれば、広告収入とスパチャまで二重取りできるという完璧な錬金術である。

(ああ、なんて素敵なビジネスモデルかしら。これで今月の『月人君・福岡ドームツアー全公演VIP席』のチケット代も、全種コンプリートのグッズ代も余裕で払えるわ。……あ、お肉もう一枚追加しようっと♡)

「コトネ、松阪牛の特上ロース、もう一皿追加でお願いできるかしら? もちろんキャッシュで払うわ」

「かしこまりましたわ! すぐにご用意いたします!」

私が景気良く返事をすると、隣のテーブルの二人は、もはや言葉を失い、真っ白な灰のように燃え尽きていた。

「もやしぃ……お肉ぅ……ふろうしょとくぅ……」

「私だって……私だって、一億円当たれば……毎日すき焼きが食べられるのに……!」

圧倒的な『資本の暴力(すき焼き)』を見せつけられ、ルチアナとリーザの心には、「どんな手を使ってでも大金を手に入れてやる」という、極めて危険で愚かな欲望の炎が、再び限界突破の勢いで燃え上がってしまっていた。

その翌日。

彼女たちの狂った欲望を正確に嗅ぎ取ったかのように、ポポロ村の広場に『史上最悪のカリスマ詐欺師』が降り立つことになるのだが……。

この時の私は、まだその面倒な事態を予測できてはいなかった。

「はい、お待たせいたしました! 特上ロースの追加でございますわ!」

「ありがとうコトネ。さぁ、ドンドン焼くわよ〜♡」

すき焼きの甘い香りと、もやしの冷たい怨嗟。

ポポロ・コーポの格差社会は、次なる大波乱の幕開けを静かに告げていた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。